トヨタ期間従業員に行こう

トヨタ自動車期間従業員であった筆者が期間工、派遣社員、非正規社員についてや雇用の問題そして1年間にわたる失業生活、その後のタクシー運転手としての日々なんかをぬるめに書いています。

雇用調整助成金とタクシーの休業について
第二次補正予算が参議院で可決成立した。「雇用調整助成金の抜本的拡充をはじめとする生活支援」として、1兆9835億円の予算が組み込まれている。雇用調整助成金の拡充については、緊急対応を9月まで延長し、日額上限が8330円から15000円に引き上げられた。

国から企業に支給される助成金の上限8330円は、年収300万円の賃金の従業員に対して休業手当の100%を支給した場合に相当する。それ以上になると企業の持ち出しになっていた。(下図参照)

雇用調整助成金計算表
8330円といえば、最低賃金で8時間労働したときの金額と同程度で(東京の1013円×8時間は超えているにしても)、その最賃から導き出されたのではないかと思える額と、月給にして25万円以下の労働者は最低賃金程度かそれ以下の休業手当、25万円以上は企業の持ち出しになるという、そのバランスの悪さに、国の雇用政策の不実さを感じていた。

8330円が15000円になったことで、平均賃金の100%を支払う企業が増える。平均賃金の100%を支払ったとしても、全員がその最賃レベルの8330円を支給されるということではないくて、平均賃金によっては8330円以下の人もいるということは課題として残されているとしてもだ。(平均賃金だからしかたないと言えば、それまでだが……。)

ただ、この休業と休業補償、労働者と経営者の感じ方の差は大きい。労働者の休業補償がより多くなっても、企業の売り上げが増えるわけではない。労働者は今回の「値上げ」が、休業へのインセンティブになって、働くより休業を歓迎するようになる。モラルハザードが起きる。倒産する企業も増える。

タクシー業界においても、「農業との兼業乗務員は、田植えと重なったため歓迎している」という報告もある。(「くらしの足をみんなで考える全国フォーラム」での井原雄人早稲田大学客員准教授)

兼業乗務員だけではなくて、年金受給者や本業ではない乗務員も歓迎しているふしがある。また、感染したくないために休業したい人もいる。

さらに、タクシー業界においては歩合給という賃金制度が休業を助長する。ボクの周囲でも、緊急事態宣言中は出勤しても稼げない、新型コロナに感染したくないということから、休業を望む声も多かったし、今も多い。休業手当の約2倍の営業収入(タクシー運賃・料金)を稼ぐということは、今でも困難だ。(営業収入の約55%〜45%が歩合給として支払われるので)

だから休業したほうが得になる。上述の兼業乗務員や年金受給者は、さらにその思いが強くなる。そうでない乗務員も「働かなくても給料が出る」のだから、休業したくなる。損得だけではなく感染リスクもあるのだから。

雇用調整助成金の本来の目的が、雇用を守るということならば、事業の存続が前提だ。倒産しては元も子もない。失業までの失業調整助成金になってしまう。

雇用調整助成金に対する、労働者と経営者の温度差が拡大している理由は、雇用調整助成金に対する考え方なのだ。休業手当が増えれば増えるほど休業を望む従業員が増えるほど、逆に企業は衰弱してゆく。持続化給付金ぐらいでは、自治体独自の給付金ぐらいでは、立ち行かかなくなる。

市場が回復しなければ、そしてこのまま休業が減らなければ、最後には倒産する。もう倒産した中小零細タクシー事業者もある。

新型コロナ禍におけるタクシーの供給制限は、単に需要が減っただけではなくて、休業補償による労働者と経営者の損得計算による稼働自粛にあって、それは特に地方で顕在化している。

その影響は、地方のこれまでも交通空白地と言われていた地域の足を完全に奪ってしまって、一斉休業や出勤調整、夜間の休業という公共交通としてあるまじき行為によって、くらしの足さえも奪っている。

皮肉なことに事業を継続させるための助成金が、事業の本来の目的や本来の意義を喪失させている。せっかくエッセンシャルワーカーという称号をもらいながら、社会的使命である公共交通というものを自らの手で毀損しているということに、ボクたち自身が、タクシードライバー自身が気づいて、モラルハザードをおこさないようにしなければ、なんて自戒している。

そして「くらしの足」を守るために、雇用調整助成金の拡充を無駄にしないために、企業に対しての補助金を増やすこともセットで行うようにお願いしたい。

新型コロナ対策の2次補正予算が成立
新型コロナ対策の2次補正予算が成立 事業者の賃料負担軽減など | NHKニュース

公共交通マーケテイング研究会
タクシーの死(2)
ロイヤルリムジン社の600人一斉解雇が、良くも悪くもこのコロナ禍におけるタクシー業界の経営と雇用、乗務員の思考までもを慎重にさせたのは確かだろう。

タクシーの死(1)

5月支給の賃金から、雇用調整助成金による休業手当が支払われているようだが、助成要件や助成率などの変更が何度かあり、情報が錯綜したため企業の申請が慎重になり、作業の猥雑さも手伝って、休業させるタイミングが遅くなったところも多かったようだ。

国からの支給が遅いため、申請せずにそのまま倒産になった企業もあるはずだ。

おおよそタクシー業界の宿唖の病巣は「歩合給」にある。

働き方改革で同一労働同一賃金が言われる中、同一労働でありながら、そして同一地域でありながら、賃金が違うということについて誰も何も言わない。会社によって違うその賃金制度は、謎が多くて、もらっている本人たちにも不明な点が多い。

国際自動車裁判における残業代問題の難解な歩合給計算、待機時間は労働時間なのかと争われた中央タクシー事件や名鉄四日市タクシー事件などの曖昧な労務管理は、業界の謎の部分が露出し、特殊性が顕現した例だと言える。そういった原因は、制度そのものの出発点が性悪説を基に作られているのだから、解釈は拡大され、それを取り締まるルールも拡大されていったことによるものだろうと思う。

待機時間が労働時間かと言う問題を性悪説で考えると「仕事がしたくなくてさぼっていても労働時間になるんだから、運転手はさぼる」、だから「待機時間なんてのものは30分だけ労働時間であとは休憩時間にする」ということになる。

過労死問題で言われていた、労働時間の上限や、休息時間(インターバル)も、タクシー業界にはすでに存在していて、それも性悪説に基づいた待機時間や残業時間といったルール関係しながら、労働者を取締るものとして存在する。

それに、70%〜75%が原価構成比率における人件費という労働集約型産業ということも、賃金を複雑怪奇にした。

労働集約型で歩合給ということは、出店数により本部は利益を確保するコンビニエンスストアと同じで、1稼動当たりの営業収入が減ろうとも、稼動数と稼働率を上げて全体の営業収入を増加させる。ドライバーの賃金は営業収入とほぼ比例する歩合給なので、常に70%〜75%になる。簡単な仕組みだ。そしてこの簡単な仕組みが共有地の悲劇をもたらした。

最終的な経費削減方法は、ロイヤルリムジン社が行った「一斉解雇」だ。労働者を働かせなず、経費の大部分である人件費と車両費を最小限に抑えることで、会社を存続させる。

ロイヤルリムジン社だけでなくとも、そういった発想に行き着く。会社の存続を考えなければ「身売り」をする。今回のコロナ禍、タクシー業界が混乱し自ら「タクシーの死」を選んだのも、その労働集約型産業が原因で、経費のほとんどが人件費と車両費だからだ。働かせなければ損失も少ない。そして今回は雇用調整助成金という公的支援があったのだから、停めたほうが停めないよりは得だと計算したはずだ。

稼動させても賃金分も稼げなければ休業させた方が得になる。それは会社もドライバーも同じで、多くの会社がいかに休業数を増やすかということで、損失を少なくしようとした。だから供給制限をし、公共交通でも唯一無二の運行制度である24時間営業を止めた。公共を捨てた。そしてモラルハザードが起きた。

分らなくもない。会社が倒産しては元も子もない。大多数の会社は雇用を守るためだったのだろうし。それにタクシー業界を救済すらしなかった政府に対して、公共交通という義理立てをする必要があるのかと考える経営者も多かったはずだ。やりがい搾取と同じで、利用者にも「文句があるのなら安部首相に言ってくれ」なんてことにもなる。

公共を考えれば稼働させなければならない。経営を考えれば休業させたほうが良い(あるいは一斉解雇しての会社の休業)。その選択を迫られたときに、公共を捨てて経営を優先させる。「タクシーの死」を選択せざるをえなかった。

それもこれも、いまだに労働者性悪説に基づいた歩合給という古めかしい賃金制度で搾取され続けられながら、社会的地位も低くいままエッセンシャルワーカーなんて称号だけは与えられている、そんな哀れな運命を背負わされている、そのことが問題なのだろうと思う。

いや、会社が悪いということではなくて、国も会社も、そして我々タクシー乗務員の品質にも問題がある、だから、古めかしい制度に呪縛されているのだ。(つづく)

タクシーの死(1)
非常事態宣言が解除された週末夜の繁華街には、年末の繁忙期とは比べものにはならないにしても、その1割から2割程度のお客様が戻って来た。まだ黒服のお兄さんや、外国語なまりのお姉さんのほうが多いとしても、それはそれで、これまでとは違った情緒とか風情なんてものが漂っていて、いつもよりはゆっくりと歩いてみたくもなる。

タクシーはと言えば、そんな市場の動きには鈍感で、その鈍さが不幸の原因だということに気が付かないで、大物ぶりを誇示している。その大物ってのは「公共」という印籠を持って、「おらおら」なんてチンピラよろしく、縄張り争いと弱い者いじめに明け暮れている、そんな業界の経営者だったり幹部だったり、あるいは安全な位置にいる人たち。

「タクシーは何時までやってますか?」
街に人が戻って来たとしても、そうしてタクシーを必要とする人がいたとしても、知らん顔をしているタクシー業界の、そんなチンピラたちは、昨日までは「Uber反対」の理由として公共を訴えていた人たち。そうして国家に対しては「公共」の被害者として、補助を乞う人たち。岩盤規制というシェルターを用意させる。

いつから公共をすてたのだ。

いつから理念をすてたのだ。

いつから正義を捨てたのだ。

いつから守銭奴になったのだ。

そうして、我々からだけではなく、いつから街の人からも搾取するようになったのだ。交通弱者のために特権を与えられ、移動権確保のために優遇されてきたのではないのか、税金が使われてきたのではないのか。

いつから泥棒になったのだ。

せめて、公共という名のもと事業を行っているのならば、その公共に対して丁寧な説明が必要ではないのか。

タクシーは死にました。covid-19で死にました。2020年5月にあっけなく死にました。


ハイタク協会は、各県のタクシー協会は今すぐ、これぐらいのアナウンスをすること。その指示を出すこと。特に地方の夜間・深夜に供給を制限している地域のタクシー会社は。

タクシーの死(2)
学校再開で考えたこと
緊急事態宣言が解除されたとたん学校再開も決定された。休業要請が段階解除の状況下でだ。

経済を回すためにセットで学校を再開させた、なんてこともあってはならない。子どもたちの安全が確保されることが、優先されるべきで、そこに国も予算をつぎ込むことだ。ハッキリ言うと、老人の命より子どもたちの命のほうが大切だ。この国の将来を担っているのは、子どもたちだ。私も、子どもたちのためなら、自ら進んで爺爺捨て山へ行く。若者は社会の財産なのだ。

昨日もそのことを語った。ただ、考えたのだけれど、学校に行ったほうが良い子どもたちが、一定数いるということ、それも問題ではないのか、そう考えている。

どういうことかというと、

1.誰もいない家で留守番をするのは危険
2.学力の低下
3.休み癖がつく
4.親との関係の悪化(虐待)

他にもあるとして、親の資質が問われる、というか、親の責任や負担が多くなる。パチンコ屋に連れて行く、一日中タバコの煙の中で過ごす(家や車)、そういった感染リスク健康リスクの高い中での生活になる。

勉強を教えられる、その能力がある親ばかりではないということ、ネット環境のある家庭ばかりではないということ、収入が減ったことによる栄養バランスの悪い食事や親のいら立ちが悪影響を及ぼすということ、など、休校が及ぼす弊害も多いはずだ。そしてその周辺は顕在化されにくく、最終的に子ども身体と心の生育を阻害する。

休校(それも長期化した)という、これまでとは違う生活が、人間形成に影響を及ぼすこともある、ということだ。学校に行って集団で普通(と言われるの生活を送ることがいつも正しいというわけではなく、自粛したような学校や集団と隔離された教育環境で子育てすることが正しいと考えている人も一定数いて、幸福観や満足感を得ている人もいる。それは善悪はあるとしても、親が決めたことであって、よくある他罰的にはならない隔離された幸福観や満足観だとしてもだ。

そうしたことを前提として考えたとしても、人間の評価が、教育の成否や正誤の結果だと分別するのは困難であったとしても、集団、組織で生活をしなければならない現世界においては、どう考えても、集団や組織の中で生活し考えることを子どもの時から学習し習慣化することが必要なのだ。全てではないにしてもだ。そうして核家族化されたこの国にあっては特にだ。

そうなると、今すぐにでも開校しなければならないのか、そう悩んでしまっている。(まあ、ボクが悩んでもしかたないのだが)

悩んだ結果、やはり非常事態宣言解除→安全性の確認→開校準備→分散登校→通常登校

とすべきで、それには6月1日(月)から分散登校を始める、とするほうがベストではないにしろ、ベターだと思う。どうだろう?

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緊急事態宣言解除
ゆる〜く始まって、一気に解除された。

この国のやり方が正しかったのだろうか。それともウイルスの種類が中国や欧米のそれと違ったものだったのか、700人弱の死亡者を考えると、そう思う。一気に解除されたもんだから、マスクも10万円も、休業手当も、なんの補償もされぬまあ、宣言が解除され、アフターコロナという普通であろう生活に戻り、そうして気が付けば、格差がさらに拡大され、コロナ氷河期が起こり、貧困層が増加する。その負の連鎖から解き放されるのに、また10年なんて時間が必要になる。

さて、そういう中で、問題は将来この国を背負ってたつ子どもたちのことだ。

その将来のために、リスクを負いながら授業を再開しなければならない理由はなんなんだ。不都合があるとしたら、今こそ、その不都合をひとつひとつ取り除くことこそが、国家の重大事ではないのか。今こそ、子どもたちのためにお金を使う時ではないのか、そう思うのだ。本当に安全なのか?インフルエンザで学級閉鎖されるほど、感染が拡大される場所じゃないのか?ほぼゼロではすまされない。

まあ、マスクも届いていないのに、なにが解除だ、ってことだ。そしてアルコールもマスクも十分供給できていないのに、なにが休校解除だ、ってことだ。

新型コロナウイルス感染症対策のための小中学校等の臨時休業に係る対応について(5月13日 15時現在)/豊橋市
1 小中学校

(1)5月18日(月)〜22日(金)
○ 「学校再開準備期間」とする。
○ 午前中の出校日を隔日で設ける。教室内の人数を少なくするため、全校を二分する学校もある。
○ 5月22日(金)は全校児童生徒が登校する午前中の出校日を設ける。

(2)5月25日(月)「学校再開」
○ 29日(金)までは半日授業とするが、1教室の人数を少なく保つために、(1)と同様の分散登校を取り入れる学校もある。6月1日(月)以降は、通常どおりとする。
○ 給食開始は、6月3日(水)からとする。
○ 部活動は、6月1日(月)以降、各校で準備ができ次第始める。

2 くすのき特別支援学校

(1)5月26日(火)〜29日(金)
○ 「学校再開準備期間」とする。
○ 学年ごと午前中の出校日を隔日で設ける。
(2)6月1日(月)「学校再開」
○ 3日(水)までは、半日授業とし、4日(木)以降は通常どおりとする。
○ 給食開始は、6月3日(水)からとする。
○ 部活動は、6月1日(月)以降、準備ができ次第始める。

 特別定額給付金パスワードロック

ちょ〜っ。 特別定額給付金をオンラインで申請しようとしたら、パスワードを忘れていて、ロックがかかってしまった。紙の申請書が来るまで待つ。
いつ解除しますか?(自殺者20万人が出るという予想もありますが)
愛知県で新たな新型コロナ感染者が3日連続して出なかった。(8日現在)
ゴールデンウィークが終わった7日からは、仕事が始まったり、病院に行く人で、人出は多くなっているように感じる。タクシーも少し動いている。売上も伸びているはずだ。週明け11日、そしてトヨタ自動車の稼働再開する12日、18日になると、街の風景も、そして人の心も、なんとなく普通に見えたり思えたりするのではないか。夜の街は営業自粛が解かれなければ静かなままだとしても・・・。

外出自粛や営業自粛、緊急事態宣言、それらがいつ解除されるかということが、状況が明らかにさることによって、徐々に注目され始めている。

そのひとつが「年齢別の感染者数(死亡、重症、軽症)」だ。このグラフから読み取れることについて、藤井聡先生がツイートしていたので、それに返信してみた。


1.休校と外出自粛の解除
2.経済活動(営業自粛の解除を含めて)の通常化
3.PCR検査の50代以上(40代に下げたほうがいいか)への集中
4.感染者や接触者、範囲を広げて50代以上の行動制限(補償付きで)
5.高齢者がいる家族の徹底した感染予防

少し訂正したが、そう読み取れる。というか「頭を真っ白にして」となると、「そういえば亡くなったのはみんな高齢者だなあ」とか「オレの周りに感染者いないし」「中高年病」「非正規脱却のチャンス」なんて考える人もいたり、するに、決まっている。

いつ解除をするか、難しいだろうが、このグラフからは「それほどの病気でもなさそうだ」と感じる人も多いのでは?(まあ、確かにボクも含めて死亡率が高い人たちにとっては「それほど」の病気なんだが)

というか、このままでは新型コロナウイルスに感染して亡くなる人よりは、自殺して亡くなる人のほうが多くなる(それも圧倒的に)、そのほうが悲劇だ。そのことについても、藤井先生が警鐘を鳴らしている。

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