トヨタ期間従業員に行こう

トヨタ自動車期間従業員であった筆者が期間工、派遣社員、非正規社員についてや雇用の問題そして1年間にわたる失業生活、その後のタクシー運転手としての日々なんかをぬるめに書いています。

リオ五輪閉幕で考えたこと
「死力を尽くした」とか「地獄の日々」とか「スポーツ漬け」とか、あるいは「努力」や「頑張り」なんて言葉が、部活動のシゴキを正当化するものにならないように、企業の不当労働を助長する言葉にならないように、祈った。

そして努力が正しく報われる社会になることを、敗者が正しく評価され、差別や偏見のない社会になることを、祈った。



ずいぶんと感動的な場面もあったのだけれど、フラッグハンドオーバーセレモニーも感動的だったね。というか、東京のパフォーマンスに全部持っていかれちゃったね、って感じだったね。それほど、それぐらい、カッコいいものだったね。

やっぱり日本はすごいね。やっぱり日本人はすごいんだと、思った。そしてボクたちも同じ日本人なんだと、そうそう少しは自信を持って生きることも必要なんかじゃないかと考えた。そうして、やっぱり愛が、愛こそが、このくたびれた社会を閉塞感や失望感に満ち満ちた社会を救うのだろうと思った。

リオ五輪閉会式 フラッグハンドオーバーセレモニー
マリオもドラえもんも、ボクたちにはついているわけだし・・・。

追記
あ、今思いついたのだけれど、マリオが晋三首相でドラえもんが百合子知事ってことか:)
集団不適応症のボクへ
テーブルの上はまだ昨日のままで、そのお昼の食べ残しが散らかっていて、真っ暗な部屋の中にも、窓をキチンと閉ざした部屋の中にも、昨日がそのまま残っている。

もうすっかり氷が溶け、もうすっかり香りの失せた、コップの酒を、渇いた喉にスルスルと流し込んだのだけれど、それは今度は全く心の乾きみたいなものに変化して、真っ暗な天井に向けてため息なんてついてしまう羽目になってしまった。

ああ、またいつもの問いかけが始まった。

集団不適応症、みたいなものがあって、そんな人はうまく生きていけないのだろうと思う。ボクもそうなんだろうけれど、人とうまく付き合えないことから自己嫌悪が始まる。うまく付き合えない原因は自己主張の強さ、とか、わがままな性格とかに起因している。自己主張なんてのは悪いことではなくて、例えばそれは信念なんてことと同義語になる場合もあるんだけれど、ボクの場合は、その自己主張がきっと人を傷つけることになる。簡単に言えば言わなくても良いことを言ってしまって自己嫌悪に陥るってことだ。

そんなことは普通よくあることなんだろうけれど・・・。

言葉は時として不自由だ。

寡黙に生きていれば悩むことはないのだろう。ボクも無口に生きていたこともあって、そうして言葉も無意味さを説いていたころもあった。無意味というか不浄さ、というか。

愛も優しさも強さも・・・すべて、要するに人は言葉によってつくられる。簡単だ。

逆に、言葉なき世界でこそ、人は人でありえる。愛や優しさ強さを、言葉なしで表現するってのはかなり難しい。難しいからこそ言葉が必要になった、というのが言葉の起源なんだろうけれど・・・。


ボクは「愛してます」と言った。
そうしてボクたちはいとも簡単にコイビトになった。
ボクは「別れようか」と言った。
そうしてボクたちはこれまた簡単にタニンになった。

その間にボクたちはコトバによってずいぶんと理解しあったはずだったし、コトバによってずいぶんと愛し合った。どれほどボクが彼女を愛しているかと言うことを論理的かつ合理的に説いて聞かせた。その話にはずいぶんと魔法がかけられていたのだけれど。彼女もどれほど愛しているかと言うことを同じようにボクに説いて聞かせてくれた。その話にも魔法がかけられていたとしても、ボクたちが信じられるものは唯一コトバだけだったのだし。

「愛してます」という魔法が解けそうになったらボクたちはその同じ口でキスをした。いとも簡単にその愛は本物になった。


「ふ〜ん、簡単だね」
「そうそう簡単だよ」
「『だいじょうぶですか』なんて言えば良い人になれるんだね。
「そうそうなれる」
「まるで詐欺師みたいだね」
「そう、人生はいかに人を欺くかだよ」
「じゃあ、悩む必要なんてないじゃないか」
「そうだね」
「そうだよ」
「でも、ボクは人を欺けない自分が嫌いなんだよ」
「本心をコトバにすることが不幸なのかい」
「そうだよ」
「本音はNGってことなんだね」
「そう、パンツをはいてないとダメなようにね」
「隠すことが美しいことなんだね」
「そう、いかに綺麗に覆い隠すかってことが生きる目的なのかもしれない」
「じゃあ、やっぱり簡単だね」
「そう、簡単だよ。魔法使いのように言葉使いになればいいだけだからね」
「ワイシャツにネクタイ、みんな同じようにするのも礼儀ってことだね」
「そうそう、世間一般ってことだね」
「通念とか慣習とか」
「常識とか良識とか」
「ふ〜ん、やっぱり簡単だね。隣の人の真似しとけば良いことだしね」
「そうそう」



ボクは独り言を真っ暗の部屋の中でつぶやいている。言葉は時として自由だ。そうしてボク自身、ボクの言葉によって縛られることになる。それほど自由だったりする。愛だけではなくて、呪いも魔法も、政治も戦争も、すべてはコトバによって始められる。

「ふ〜ん、そうなんだね」
「たぶん。で、キミはいったい誰なんだ?」

ゲリラ豪雨
タクシー運転手の年収
「月収30万〜35万円可」なんて求人広告はまんざら嘘ではなくて(嘘は掲載できないだろうし)、どうなんだろう、ボクの感覚では、ちょっと頑張れば30万円は可能だろうし、その額だと社会保険とか所得税なんてものを控除されても24万円の手取りはある、と、思う。

多い人は年収600万円超、なんて人もいる。ただし「ちょっと」ではなくて「かなり」頑張らないといけないだろうけれど。

少ない人は、これは最低賃金が保証されなければならないので、労働時間 X 820円となる。もちろん法定加給(深夜とか)も加算される(はず)。コンプライアンスに対して厳しい目が向けられる現状において、いいかげんなことはできない(はず)。労働基準局だけではなくて管轄省庁である国交省の目もあるので、労働時間や賃金については、法令が遵守されている(はず)。

賃金はザクッと以上のようになるが、業界で問題になる労働時間は、これももちろん労働基準法が適応されるので、1日8時間、週40時間は超えてない(はず)。

ただし三六協定で残業が認められている場合は、それ以上の労働時間になるのだけれど、一般企業と違って青天井なんてことはなくて、「タクシー運転者の労働時間等の改善基準」(これは厚労省)で、豊橋市の場合は「車庫待ち等の運転手に係る特例」が適応されるので、上限322時間まで働くことができる。

「322時間まで働くことができる」というのは、時間=収入なので頑張る人はとにかく長時間勤務に自主的になりやすい。それを防止するために法的に規制している。休息期間(最近労働時間問題で俎上に載せられることが多いインターバル時間)も、法的に決められているので、どこかのブラック企業のように寝ずに働くなんてことはない(はず)。

要するに安全に対して規制されているということだ。

322時間まで働くことができるのだけれど、それは総拘束時間の話であって、ハンドリング時間(運転時間)そして実車時間(お客様を乗せている時間)は、例えば1日平均2時間(ただしボクの場合)ぐらいで、暇な日は1時間とか・・・。

となると、1日2時間ほど頑張れば年収300万円にはなるってことだ。ライン作業のようにびっちり7時間30分頑張らなくても良いんだから「タクシー運転手は自分の時間が有効に使える職業なんです」(by東海交通)なんて求人広告を正々堂々と、キチンとコンプライアンスに則って出せるのだ。ついでに言わせてもらえば「自由な空間もある」とか「自由な働き方のできる」とか「とにかく自由なんだぜベイビー」なのだ。

と「自由」ばかりではなくて、もちろん集団の一員なのでキチンと社会人としての、そうして労働者としての常識や道徳観なんてものは必要なんだけれど・・・。だから必要なのはそれだけかもしれない。

それでこれは秘密の話なんだけれど、トヨタの期間従業員よりも高収入ってのがボクの実感なのだ。それに非なんて差別されなくていいし。秘密なんだけれどね・・・。

タクシー運転手の求人広告がカッコ悪い件 | トヨタ期間従業員に行こう

タクシー運転者の労働時間等の改善基準のポイント|厚生労働省

喜久水 夏純米と小鹿田焼
喜久水酒造 「喜久水 夏純米」
いただきものなんだけれど、これはとても美味しくて1日で空になったとさ。ゴーヤチャンプルーもどきで、ごっくんごっくんって感じで・・・。夏も終わりそうだね。
負けるために
泣きたくなるぐらいの夕焼けだったね。

水道代を払い忘れて(忘れてだ)「給水停止のお知らせ」が届いていたので、夕方に水道局まで行った。その帰りにスーパーで買い物。その外出がなければ「終日独居」になるところで、そしてスーパーのレジのお姉さんと話さなければ、「終日無言」なんてことになるところだった。「あ、レジ袋はあります」というのがこの36時間ほどの間に発した唯一の言葉なんだから、なんだか虚しくもなる。

「あー、あー、本日は晴天なり」なんてマイクテストならぬ声帯テストをする。

「負けることを知るためにスポーツをするんだよ」なんて、何年か前にホッチキスに話したことがある。オリンピックを見ながら思い出した。

負けることを分かっていながら、それでもなお努力することの必要性をスポーツを通して理解すること、それが「負けることを知る」ということだ。

努力だけではどうしようもないことのほうが多い。奇跡なんてのはそう簡単に起きるものでもない。99.9%の敗者によって世界は成立している。そのことが分かると努力が無駄にならないということが分かるのだろうと思う。

そんな話をしたことを思い出した。

高校野球だって同じで、出場できない生徒のほうが圧倒的に多い。でも実はその出場できない生徒たちの存在が高校野球というものを存在させているのだから、彼らこそ主役なのだろう。そして彼らは美しい。

負けることは、哀しいことでも恥ずかしいことでもなく、本当は美しいことなのだ。

なんて考えていたら、ダラダラと生きていて、「給水停止」なんてことになる自分が少し恥ずかしくなってしまった。その恥ずかしさに「あー、あー、本日も終了なり」なんて声帯テストしながら、酒で喉をうるおしているんだから、なんだか嫌になってしまう。

「あー、あー人生終了なり・・・」
やっぱり泣きたくなるぐらいの夕焼けだったね。

夏の夕焼け 8月10日
最低賃金額改定で考えたこと
「九州のほうが物価が安いですよね」
なんてSくんが言ったことがある。

そう思っているのは彼だけではなくて、きっと7割とか8割の人が、例えばここ豊橋よりは熊本や佐賀なんて地域のほうが「物価」が安いと思っているに違いない。

「そんなことはないよ。豊橋のほうが生鮮食品の価格は安いと思うよ。キャベツなんて100円で丸ごとあるし、今の時期ナスなんて5本で100円とか。家賃だって3万円以下の物件だってけっこうあるしね。農業、工業ともども発展している地域は、雇用はもちろん物価も安定していると思うけれど・・・」なんて答えた。

賃金=生活給なんて思想から抜け出せないもんだから、物価が安ければ賃金も安くて当たり前、なんてことを思っている人が多い。グローバル化なんてことを声高に話したことろで、国内はいまだにローカル意識から抜け出せないでいる。きっと五家荘とか高千穂なんて山間部の人々は自給自足していて物価なんて概念がない、なんて思っている人もいそうだ。

熊本県の694円、愛知県の820円、その差126円。それだけの物価差があるわけがない。熊本県内のイオンでは全製品愛知県の85%で買えるなんて話も聞いたことがないし、ドコモやauの通信料、家電製品、ユニクロ、ガソリン代に電気料金が安いなんてこともない。

供給量が少ない分、例えば家賃なんてのは高い。安いのは、というか、自然とか人情とか安全なんてものが無料なだけで、こんな資本経済の消費社会どっぷりの国で物価の地域差なんてのはない。

物価だけ地域差がなく全国一律なのに、賃金だけは差を付けるんだから、最低賃金制度ってのは良いことなのか悪いことなのか、まったく分からなくなる。「これだけ払っとけば良いんだろ」なんて労働者を守るというよりも、使用者側のパワハラ強弁の根拠になっているようにも感じる。

特にその被害者は非正規雇用で働く人たちで、例えばコンビニのアルバイトの人たちは同じ仕事をしているにもかかわらず(売上次第では地方のほうが忙しい場合もあるのだけれど)、その差で働かされていることを考えると、これはもう賃金格差なんてことではなくて人権問題なのだ。

そうして年に一回20円とか30円のアルバイト代の昇給があったところで、実はそれは最低賃金の上昇分だったりして、何十年働いても1000円なんて額にはならない。もうこれは悲劇というよりも喜劇で、一億総玉砕社会なのだ。企業も国家もいかに国民を欺いて使用するか、というのが実は政治と経済のテーマのようだ。

なんてことはすでに何度も書いたのだけれど、どうせ非正規から抜け出せないんなら、もう滑りっぱなしの社会ならば、同一(価値)労働同一賃金の前に、同一国家同一最低賃金をすぐにでも始めてくれないと、ボクたちはもう国家なんてことは考えられないし、閉塞感とか絶望感とか無力感なんて、とことんマイナスな思考がボクたちの周りの空気に充満するに至っては、行動は利己的になるに決まっている。

第46回中央最低賃金審議会で、28年度の地域別最低賃金額改定の目安が発表された。Aランク〜Dランクなんてランク分けされて、25円〜21円の引き上げが行われるらしい。

愛知県はAランクで25円の引き上げだ。それを喜んでいる人がいるとしたら「馬鹿だなあ」なんて思う。

いくら頑張ってもAランクにはならない、ということを国家が「経済的状況」なんて理由で差別しているんだから。それって、例えばF難度の技を決めてもC難度としか認められないオリンピックの体操みたいなもんだよ、なんて考えているんだけれど。

それでも「だって上昇だし」なんて言っている人がいるとしたら「間抜けだなあ」なんて思っているんだよ。

豊橋野菜にて朝食を
住めば都、っていうけれど、そこに住んでいる人たちは「良さ」を分かっていなかったりする。
その良き地元産の野菜で・・・。

平成28年度地域別最低賃金額改定の目安について |報道発表資料|厚生労働省
広島原爆の日とリオオリンピック開会式
オリンピック開会式を見ている。

この華やかさの裏に世界では、飢餓や貧困に喘ぐ人がいて、戦渦に苦しむ人がいる。開会式に参加している国家においてもだ。この日本でも貧困や格差、いわれなき差別に苦しんでいる人がいる。

相変わらず時間感覚をも失ったホームレスのおばさんは早朝から空き缶を拾い集めている。

この華やかさの裏に世界では、哀しい過去があった。戦争があり植民地化があり人々は自由を奪われ命を奪われた。広島と長崎に落とされた原子爆弾、それは未だに人々を苦しめている。

オリンピック開会式の少し前、平和祈念式典を見ていた。

たぶんね、ボクたちに必要なのは、キチンと戦えるやさしさと、キチンと抱きしめられるやさしさ、なんだろうと思う。強さは必要なんだろうけれど、それは時として厄介なものになる。

世界は、ボクたちの住むセカイは、人間が最大最悪の武器だということを、そしてその人間から傷つけられることを、ボクたちは知っているのだけれど、ボクたちはなぜかやさしさを失くしてしまい、そうして自分自身も見失ってしまう。

開会式の笑顔が憎悪に満ちた、あるいは苦しみに喘ぐものに変わらないことを、振っている手が武器を持たないように、その能力が人を殺すために使われないように・・・。そんなことを考えていると、すこしだけ哀しくなった。

キリン一番搾りスタウトと烏賊ゲソ
「黒ビールは元気になるよ」とタスファイの言いつけをいまだに信じているんだが・・・。
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