2012.05.05 Saturday
ゴールデンウィークアレルギーなのか、先週の金曜日あたりから体調を崩したのだけれど、やっと帰省ラッシュのニュースが流れる今日になると、治ってきた。この一週間も仕事だったので、ぼんやりとした意識で仕事をして、急いで帰宅すると薬を飲んで寝る。休日もとにかく寝る寝る寝るといった日々だった。おかげでGWという日々を怨んだり妬んだりすることなく、ただ熱や咳や頭痛なんてことだけを考えて、ぼんやりと過ごせたのだから、病気もありがたいということだ。
さて、322時間というのは、タクシー運転手が一か月間に働ける時間だ。(通常は299時間、車庫待ちなどの運転手は322時間。豊橋市の場合は後者にあたる)20日出勤として1日16時間営業することができる。これとは別に「1日の拘束時間が16時間を超える回数が1箇月について7回以内であること。」という労働大臣告示「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」(改善基準告示)が策定されている。
「タクシー・ハイヤー運転者の労働条件の改善を図るため」に策定されているもので、普通こういう法令が施行されるのは、使用者による残業や過重労働の強制からの労働者保護が目的なのだけれど、この業界は少し違っていて運転手が自らの意思において長時間労働をすることを防止するという意味合いのほうが強い。
どういうことかというと、運転手の収入は各自の売上によって決まる。売上は「売上=客単価×客数」なのだから、運転手は客単価か客数を増やすことを考える。客単価は初乗料金、爾後料金が決まっているので、あとは走行距離によることになる。その走行距離は不確定要因なので、日によって、あるいは時間によって大きく変動する。客数もその通りだ。
ではどうするかというと、客数を増やすためにはコンビニ理論で時間を延長するのが手っ取り早い方法であり、車庫待ち営業地域においては誰でもできる簡単な方法なのだ。売上=営業時間という単純なものになる。
という状況になるとどうなるかというと、運転手は自由にさせておくと何時間でも営業をするようになる。売上=時間なのだから。
実際、タクシー会社において運転手の時間管理(もちろん超過すること)「322時間、16時間超過7回まで、という数字を超える違反者が出てこないか」ということが運行管理者の最大の悩みになり業務になる。普通は逆なのだ。労働者は一刻も早く仕事を終えて帰りたいし、1日16時間なんて頼まれてもやりたくない。322時間なんて労働時間を「超えさせてくれ」なんて労働者が今の日本のどこにいるというのだ。
タクシー運転手も好きでやっているわけではない。(中には好きでやっている人もいるけれど)売上=時間なのだから、生活のためには延長して働かなければならない人が多いのも確かなのだ。
とはいっても、仮に初乗料金が上がり、客数が劇的に増えたとしても、売上=時間なのだし、誰しもお金が好きなので、売上=時間という法則がある限り運転手は長時間労働になる。
異常なのである。1日は24時間しかないのに「16時間は働いても良いよ」というのはどう考えても普通ではないのだ。あとの8時間で帰宅し食事し風呂に入って酒飲んで寝るのだから、慢性的な睡眠不足になる。せめて14時間に…なんて考えてみるのだけれど、運転手のほうが「やらせてくれ」「もっと時間を」という状況なのだから仕方ない。いや、労働時間を規制するよりも賃金体系を規制して、歩合制を廃止しタクシー運転手はすべて月給制にするということを法令化しない限り、異常な生活から脱出できない。
高速ツアーバス事故の河野化山容疑者だけが過労運転をしているわけではない。ほとんどのタクシー運転手も同じようなものなのだ。ワイドショーで「パイロットと同じように人命を預かっている」と誰かが言っていた。その飛行機パイロットとタクシー運転手が同じような収入で同じような社会的ステータスなのか、というと、一方は雲助と言われる賤職で、一方は憧れの職業である。一方は年収200万円程度で、一方はその10倍もの収入を得ている。同じように人命を預かっているのだけれど、あまりにも待遇は違い過ぎるのだ。
総務省は「過労運転による事故がいつ起きてもおかしくない状況で運行されている」として国交省に対し、指導を徹底するよう勧告していたというのだけれど、過労運転をしなければ生活保護者よりも低い賃金のままなのだ。たかだか初乗料金680円ぐらいで事故が起こらないと思う方がおかしくないか?そんなに命が欲しければ初めから「運転手さん、これチップです。よろしくお願いします」なんて酒手でもはずめばいいのだ。逆に「早く行け」「遠回りだ」なんて言われると、このまま客と心中しようかしら、なんて思うに決まっている。
高速バスツアーの格安バスに限らず、旅客運送している全ての車両の運転手は危険な状態で運転しているのだ。運を天に任せているのだから運転なのだ。それに車なんてものは、たった4本のタイヤで時速100キロメートルなんて走るのだから、そのこと自体危険であり奇跡なのだ。その危険と奇跡の上に乗っているということに対して不感症になっていることも問題なのだ。安全なクルマ、とか、安全な高速道路、なんてものは存在しないのだ。
体調を崩していて、おまけに睡眠不足でぼんやり運転していて、奇跡的に無事故だった今年のゴールデンウィークも終わる。明日、帰省ラッシュの高速道路で「多重玉突き事故で10人死亡」なんてニュースがあったとしても、それも別に普通のことだから驚きはしないけれど…。

今日のおかず
さて、322時間というのは、タクシー運転手が一か月間に働ける時間だ。(通常は299時間、車庫待ちなどの運転手は322時間。豊橋市の場合は後者にあたる)20日出勤として1日16時間営業することができる。これとは別に「1日の拘束時間が16時間を超える回数が1箇月について7回以内であること。」という労働大臣告示「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」(改善基準告示)が策定されている。
「タクシー・ハイヤー運転者の労働条件の改善を図るため」に策定されているもので、普通こういう法令が施行されるのは、使用者による残業や過重労働の強制からの労働者保護が目的なのだけれど、この業界は少し違っていて運転手が自らの意思において長時間労働をすることを防止するという意味合いのほうが強い。
どういうことかというと、運転手の収入は各自の売上によって決まる。売上は「売上=客単価×客数」なのだから、運転手は客単価か客数を増やすことを考える。客単価は初乗料金、爾後料金が決まっているので、あとは走行距離によることになる。その走行距離は不確定要因なので、日によって、あるいは時間によって大きく変動する。客数もその通りだ。
ではどうするかというと、客数を増やすためにはコンビニ理論で時間を延長するのが手っ取り早い方法であり、車庫待ち営業地域においては誰でもできる簡単な方法なのだ。売上=営業時間という単純なものになる。
という状況になるとどうなるかというと、運転手は自由にさせておくと何時間でも営業をするようになる。売上=時間なのだから。
実際、タクシー会社において運転手の時間管理(もちろん超過すること)「322時間、16時間超過7回まで、という数字を超える違反者が出てこないか」ということが運行管理者の最大の悩みになり業務になる。普通は逆なのだ。労働者は一刻も早く仕事を終えて帰りたいし、1日16時間なんて頼まれてもやりたくない。322時間なんて労働時間を「超えさせてくれ」なんて労働者が今の日本のどこにいるというのだ。
タクシー運転手も好きでやっているわけではない。(中には好きでやっている人もいるけれど)売上=時間なのだから、生活のためには延長して働かなければならない人が多いのも確かなのだ。
とはいっても、仮に初乗料金が上がり、客数が劇的に増えたとしても、売上=時間なのだし、誰しもお金が好きなので、売上=時間という法則がある限り運転手は長時間労働になる。
異常なのである。1日は24時間しかないのに「16時間は働いても良いよ」というのはどう考えても普通ではないのだ。あとの8時間で帰宅し食事し風呂に入って酒飲んで寝るのだから、慢性的な睡眠不足になる。せめて14時間に…なんて考えてみるのだけれど、運転手のほうが「やらせてくれ」「もっと時間を」という状況なのだから仕方ない。いや、労働時間を規制するよりも賃金体系を規制して、歩合制を廃止しタクシー運転手はすべて月給制にするということを法令化しない限り、異常な生活から脱出できない。
高速ツアーバス事故の河野化山容疑者だけが過労運転をしているわけではない。ほとんどのタクシー運転手も同じようなものなのだ。ワイドショーで「パイロットと同じように人命を預かっている」と誰かが言っていた。その飛行機パイロットとタクシー運転手が同じような収入で同じような社会的ステータスなのか、というと、一方は雲助と言われる賤職で、一方は憧れの職業である。一方は年収200万円程度で、一方はその10倍もの収入を得ている。同じように人命を預かっているのだけれど、あまりにも待遇は違い過ぎるのだ。
総務省は「過労運転による事故がいつ起きてもおかしくない状況で運行されている」として国交省に対し、指導を徹底するよう勧告していたというのだけれど、過労運転をしなければ生活保護者よりも低い賃金のままなのだ。たかだか初乗料金680円ぐらいで事故が起こらないと思う方がおかしくないか?そんなに命が欲しければ初めから「運転手さん、これチップです。よろしくお願いします」なんて酒手でもはずめばいいのだ。逆に「早く行け」「遠回りだ」なんて言われると、このまま客と心中しようかしら、なんて思うに決まっている。
高速バスツアーの格安バスに限らず、旅客運送している全ての車両の運転手は危険な状態で運転しているのだ。運を天に任せているのだから運転なのだ。それに車なんてものは、たった4本のタイヤで時速100キロメートルなんて走るのだから、そのこと自体危険であり奇跡なのだ。その危険と奇跡の上に乗っているということに対して不感症になっていることも問題なのだ。安全なクルマ、とか、安全な高速道路、なんてものは存在しないのだ。
体調を崩していて、おまけに睡眠不足でぼんやり運転していて、奇跡的に無事故だった今年のゴールデンウィークも終わる。明日、帰省ラッシュの高速道路で「多重玉突き事故で10人死亡」なんてニュースがあったとしても、それも別に普通のことだから驚きはしないけれど…。

今日のおかず





