トヨタ期間従業員に行こう

トヨタ自動車期間従業員であった筆者が期間工、派遣社員、非正規社員についてや雇用の問題そして1年間にわたる失業生活、その後のタクシー運転手としての日々なんかをぬるめに書いています。

身体は何とか動きますが…。
田原寮5階から見たスーパーミマス
スーパーミマス通り

田原に来て2週間が過ぎました。身体が痛いですが、なんとか生きています。この日記も日々更新したいのですが、精神的にも肉体的にも余裕がありません。

少し辛い日々が続きました。朝起きると身体が自由に動かない。仕事をしているときも痛くなるのですが、痛いからと言って放棄するわけにもいかないので、なんとか我慢して動かしている状況です。

休憩するのはいいのですが、直後の身体のダルさ。同じことを一日何千回と繰り返すことの憂鬱。何のためにこんなことをしているのかという自問自答。仕事が終わったときのなんともいえない開放感。

慣れるのでしょうか。それともこの筋肉痛は、トヨタにいる限りつきまとうのでしょうか。楽だと思える日は来るのでしょうか。そんなことばかり考えていますが、皆同じだろうと思って、誰にも聞けずにいます。
期間従業員と派遣社員
期間工での募集が復活している企業がありますね。ヨコハマゴムも以前は人材派遣を利用していたようですが、自社雇用の期間工を募集が新聞に出ていたりします。三菱自動車のリコール問題後そういった傾向が強まっているようです。

トヨタにも派遣会社の社員の人がいます。日研総業の制服を着た人を見かけますし、他にも数社入っているようです。

トヨタでは同じように作業をしていますし、派遣会社の制服を着ていなかったら正社員なのか期間従業員なのか派遣社員なのか見分けはつかないでしょう。

では、トヨタで働くにはどちらが得なのか考えてみました。

給料は派遣会社の募集ですと「大手自動車会社田原工場、月収36万以上可」となっています。一方期間従業員は「1年目、23万7千円から25万4千円」です。半年働くとして、期間従業員は満了慰労金と満了報奨金として約30万円ほどが支給されます。(条件はあります)また6ヶ月在籍手当て5万円も支給されますから35万円、ひと月当たり6万円ほどになります。ですから上記金額にプラスすると「29万円から31万円」ほどになると考えられます。(もちろん残業時間で変化しますが)

派遣会社の社員は寮費などの支払いがありますので36万円以上可から寮費を引かれることになりますので、おそらく「32万以上可」となると思われます。

期間従業員はトヨタの従業員ですから、従業員証を持っています。このカードで食堂を利用でき、代金は給料から引かれることになります。また、保険証もトヨタ自動車健康保険組合に加入できます。

派遣会社の人は工場食堂での食事代は別途プリペイド式のカードを買う必要があるそうです。

どちらが得か。まあ一概には言えないと思うのですが、期間従業員の満了金と言うのは、欠勤遅刻早退があるとその月の分は支給されないそうなので、一回の遅刻が数万円となるのでそのプレッシャーはあります。ただ、それがために頑張れるということもあるのですが。

ま、どちらにせよ、元気で働き続けてのものですからね。ただボクの感じでは、やはり自社雇用の期間従業員のほうが少し扱いが良いよう思うのですが?
Hくんのこと
田原寮のトイレ
田原寮のトイレ

Hくんはボクと同じ頃に田原工場に配属された20代前半の人です。寮は滝頭なので、なかなか話をする機会も少ないのですが、今週少し話をすることが出来ました。

Hくんには200万円以上の消費者金融からの借金があり、地元で働いていてはどうにも返済できなくなったので期間工としてトヨタに来たそうです。200万円というとそれほどでもなさそうに感じたのですが、車のローンなんかと違い消費者金融は利息が高いので、毎月10万円ほど返済しなければならないということです。

一年足らずのうちにそれぐらいの借金の額になったそうで、「一度するとあっと言う間に増えてしまった」と言ってました。地元にも派遣会社を通して電子関連会社や自動車部品会社の仕事はあるけれど、トヨタ期間従業員のほうが給料が高いので来たそうです。「時給1000円といったら高額なバイトのように感じるけれど、ここに比べると安いですからね」とHくん。深夜のコンビニでも800円ぐらいだそうで、ふたつ掛け持ちして働くよりも、きついけれどトヨタで一日8時間働いたほうが楽と言ってました。

いろいろな理由で期間従業員としてやってきます。自分の置かれた状況をしっかりと把握できた人にとっては、ここでの生活も楽になるのかもしれないと思いました。
給料日
ジャスコ田原店
ジャスコ田原店(田原文化会館前から)

トヨタの給料は月末締めの翌25日支払いなのです。明日が25日なのですが、土曜日なので本日24日金曜日に支給されました。2月分です。途中からでしたが残業が多かったのと、赴任手当3万円が加算されていましたので、まあまあの額でした。

4月からは残業も少なくなるということなのですが、期間工は満了してなんぼのものですから、無理して身体を壊すよりも体力の余裕があるぐらいのほうが良いのかもしれません。それにこれから暑くなるので、今まで以上に疲労が増すということもあると思いますから。

今日は定時に帰りました。そしてミマスの横の郵便局のATMに行ったのですが、行列ができていました。工場のATMにも行列ができていたのですが、みんな明日からの休みのために給料をおろしていたのでしょうね。

ボクはといえば、明日は名古屋に住んでいる友人が遊びに来てくれるということなので、午後からドライブして夕方食事して…。そのために2万円ほどおろしました。田原市内や周辺のドライブでこのブログに載せる写真を写してこようと考えています。そろそろ桜の開花宣言も出る頃ですね。春です。
送迎バスの沈黙
月曜日はどうしても憂鬱になります。みんなそうなのでしょうか、出勤のバスの中はいつものように話し声ひとつしないのですが、月曜日はその沈黙にため息が加わる、なんとも言えない雰囲気になります。今日は休養十分なのになぜだか身体もダルイ感じがしました。

楽しい時間のあとの孤独、「祭りのあと」などと表現されますが、そんな日曜の夜でした。そんな夜を越してお昼前に起きてご飯を食べて…。「ちょうど蔵王山にいた時間だなあ」なんて昨日のことなのにもう随分昔のように思い出したり…。寥々とした空間。そして夕方と言ってもいい15時30分、沈黙のバスはボク達を有無も言わせず運び去るのです。工場というさらに孤独な空間へ。

初日だというのに疲れています。身体がダルイまま一日が終わりました。その感じが足腰に疲労として蓄積されているように感じます。もう寝ます。なにか食べようかと思いましたが、寝ます。

田原市笠山からの風景

写真は田原寮の裏にある笠山から見える風景です。笠山は現在公園として整備しているところです。あまり登っているいる人を見ないのですが、夕方は三河湾に沈む夕陽が綺麗だと思います。笠山のことはまた改めて書きたいと思っています。
作業と仕事
ライン作業というのは決められたことを時間内にすることなのでしょうね。そこには自己というものは存在する余地もなく、同じ動きを続けること。一方仕事といものには、それを行う個々人の意志というものが表出されるものだと思います。今日作業中にそんなことを考えました。

ライン作業を黙々と続けていると、ふと自分が踊りを踊っているように感じるときかがあります。手や足は決められたステップを踏み、動かしながら繰り返す。タクトというのは一台の自動車を作るための所要時間ですが、指揮棒、拍子のタクトでしょうね。ですからライン作業というのは決められた長さのフレーズが繰り返される音楽であり、作業員はそれに合わせて踊る踊り子なのでしょうね。

そうなるとやはり音感の良い人のほうがライン作業に向いているのかもしれません。ライン作業というのを苦痛に感じない人というのもいるでしょう。いや、筋肉痛や関節痛、それに普通は苦痛と感じるライン作業自体をも快感と思っている人、マゾヒストというか自虐好きな人が一番向いているのかもしれないと考えています…。
出稼ぎと期間従業員
笠山から蔵王山
笠山から見た蔵王山

出稼ぎとは「所得の低い地域や就職先の少ない地域に在住する者が、単身で所得が高く就職先も多い地域で就労すること。」(Wikipedia)、「家を離れて一定期間他の地方や国で働くこと。多く農業従事者の季節労働をいう。」(大辞林)だそうです。

Wikipediaではさらに「かつては、東北地方や北陸地方などの寒冷地方の農民が、冬季などの農閑期に首都圏の建設現場などに働き口を求めて出稼ぎして来ることが多かった」と概要を記しています。

かつてはそういう人が多かったのでしょうね。ボクの生まれた地方も出稼ぎに行く人がかなりいて、親子で土木の飯場に行っている人もいましたし、ボクの父は作業員として母は炊事婦として同じ飯場に暮らしていたそうです。そういった「貧しい地方」というのは存在しました。父は貧しさのために学業を諦めて家族のために中学を卒業すると出稼ぎに行くということをしていたそうです。そしてそれは美談として子供たちに語られました。

九州の塵肺訴訟なんてのは、ほとんどがトンネル工事の土木作業員として出稼ぎに行っていた人々の問題からみても、なにも寒冷地方だけのことではなく、全国的に出稼ぎというものが存在したのです。

「格差」ということが取り上げられています。それが拡大されていることが問題だといわれています。貧乏な地域があってそこにいる人びとは国が認めた出稼ぎ手帳を持って出稼ぎに行ってました。格差は地域という広範囲にあったのではないでしょうか。ボクは今さら何をという感じなのです。農業や漁業といった一次産業従事者は、もともと格差を感じていたのではないでしょうか。それがゆえに出稼ぎに行かざるをえなかった。

「かつて」と昔話のように出稼ぎを語る。これは統計的なもので、出稼ぎ手帳の発行部数が減っているだけのことではないのでしょうか?トヨタの期間従業員でも出稼ぎ手帳を所持しているのは数パーセントだと思います。しかしそれ以上の期間従業員が出稼ぎという意味合いを持って働いているのだろうと思います。出稼ぎ手帳を持つという意味が雇用保険受給だけのことしかないと受け取られていますから、実質的な出稼ぎは把握できないと思います。

集団就職と言うものもありました。中学校を卒業するとそのまま寮に住んで工場へ働きに行きました。そんなに昔の話でもありません。名古屋や豊橋にも集団就職でその貧しい地方から来た人がいました。その人たちがそのまま住み着いたりもしています。それほど昔のことでもないのに「格差が拡大している」と言うのは、その頃はみんな貧乏だったということなのでしょうか。貧しさが平等だったのでしょうか。

その頃のほうが「格差」はあって、出稼ぎ手帳なんてものを持っていないと保護されなかったように思います。

現在は、トヨタが唯一全国規模で出稼ぎを受け入れてくれる企業だと思ったりもします。そういう意味では出稼ぎ労働者にとってのトヨタはありがたい存在かもしれませんね。

今日は16時のぐるりんバスに乗ってジャスコに行こうと思ったのですが、バス停の行列を見て引き返しました。花冷えのする4月1日です。
「花に嵐のたとえもあるさ、さよならだけが人生だ」
人は出逢うことと別離れることを繰り返しながら生きているのでしょうね。出逢い即ち別離なのかもしれません。桜の花も散るすがたが潔いので日本人はこの花を好んだのでしょう。

桜の花と散った花びら

一週間が始まりました。というよりも新しい年度が始まりました。入社式が行われた企業も多かったようです。トヨタでも3000人ほどの新入社員が入社したとか。寮にも「歓迎・新入寮」なんて看板が掲げられています。この時期に入社した期間従業員の人は勘違いして、「ずいぶん歓迎されるものだなあ」なんて思うのでしょう。この歓迎の対象は新入社員ですから。

地方出身者が多いのでしょうね。いえ、ほとんどが愛知県以外なのでしょうね。家族との別れ、一番辛かったのは母親かもしれないですね。父親も頑張れよと言いながら電車にあるいは飛行機にのる息子の姿が涙で曇ったのかもしれないですね。辛いことや悲しいことがあると、親の顔や地元の仲間のことを思い出すのでしょうね。

そしてまた桜が咲く頃には、少し大人になっているのでしょうね。
残香


16時前に帰寮。テレビでちびまるこちゃんをやっていたので見る。その後、雲が良い色と形をしていたので見る。ついでにカメラで一枚二枚…。ご飯はパスタとおかゆ。食欲が満たされると、今度は睡魔が襲ってくる。そのまま眠る。19時、寒さで目が覚める。いやつけっぱなしのテレビの音が睡眠を妨げたのかもしれない。それにTシャツに染み込んでいる工場の匂いが気になっている。

こんなに海が近いのに海の匂いはしないのはなぜだろうか。海、海水自体に匂いというのがあるのだろうか?

海の匂いは打ち上げられた海草の腐敗臭ではないのだろうか。海草だけではなく魚や、それを捕る網からの匂いではないだろうか。それとか漁船の重油を燃やす煙の匂い。きっとそれらが交じり合った匂いなのだろうと思うだけれど…。

風呂入って、洗濯しよっと。
怒られるということ
二直というのは16時10分に始まるミーティングから翌1時の終業までの7時間35分間が所定勤務時間です。田原工場から田原寮行きのバスはバスターミナルを1時30分、2時00分、2時30分、3時00分というダイヤで運行されています。今日は2時30分のバスに乗って帰りました。

夕陽の沈む姫島

民主党の代表にとうとう小沢さんが就任しましたね。個人的には好きです、このタイプ。壊し屋なんていわれているそうですが、それだけ破壊力があるんでしょうしね。岡田さん前原さんと、ま、優等生タイプの人だったのですが、なにかひ弱さを感じましたから、ここはやはり小沢さんのような方に何かを変えてもらわなければ、と思っています。

小沢さんに似た上司がいました。あの体格と、もう少し強面で柔道3段でした。ボクの人生の中で一番勉強させてもらった人でした。よく怒られました。そしてよく酒を飲みました。飲んだら決まって泊まっていました。

一番最初に怒られたのは車の乗り方でした。ある日ボクと同僚2人で上司の運転する車に乗ることがありました。なぜかみんな後部座席に座ったのです。そうしたら「オレを運転手にするのか」と。言われてみればそうですね。お客さんじゃないのだから、助手席にまず乗らなければいけないですよね。常識でした。

そのままお家におじゃまして夕ご飯を食べることになりました。奥様は忙しそうに動いていました。何もしないボクたちに「うちの嫁さんは女中じゃないぞ」と。そうですよね。手伝うのが普通でしょうね。片付けも自分達でするべきでしょうね。いくらお客さんとして招かれていても、上司の奥様ですしウェイトレスじゃないんですからね。これも常識でした。

ま、でも、そういったことが嫌いな人もいたので、好き嫌いがはっきり分かれていました。ボクはなるほどと思ったし、そうやって怒られてもいろいろ学ぶことも多かったので、その後も何回も遊びに行くようになりました。週末は泊り込みで行ったりもしました。

怒るということは難しいことだと思います。怒られて気分が良いわけがありませんしね。ただ、怒られたことから何かを学ぶのでしょうね。注意とは少し違いますものね。それは受け取る側の印象となって、生き方まで変えるものかもしれません。若い時は怒られて学ぶことが多いのかもしれませんね。理不尽だと思うことでさえも、勉強なのかもしれません。

って、ま、言っても怒られると頭に来るもんだけれど…

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