トヨタ期間従業員に行こう

トヨタ自動車期間従業員であった筆者が期間工、派遣社員、非正規社員についてや雇用の問題そして1年間にわたる失業生活、その後のタクシー運転手としての日々なんかをぬるめに書いています。

傘がない
「都会では自殺する若者が増えている、今朝来た新聞の片隅に書いていた、だけども問題は今日の雨、傘がない」というのは井上陽水が歌った「傘がない」です。この歌が発売されたのは70年代(調べていませんのではっきりとは言えませんが)で、数年過ぎた1980年には20歳未満678人、20歳から39歳まで7,052人が自殺しています。この年の総数は21,048人でした。2004年では20歳未満589人、20歳から39歳まで7,580人と24年前の数字とほとんど変わっていませんし、20歳未満においては減少傾向にあります。しかし総数では32,325人と50%も増加しています。40歳からの所謂中高年の自殺が増えているからなのです。



自殺する中高年が増えていて、そして人口10万人あたりの自殺者数を表す自殺率は25.3で「先進国G7諸国中で1位、OECD加盟国では2位(1位はハンガリー)となっている」となっていて、一日に89人もの人が自らの命を絶っている状況なのです。そして自殺率が高いのは都会ではなくて「秋田県のほか、同じ東北北部の青森県・岩手県や、日本海側の新潟県、富山県、島根県など」で、県民性などと言われ、なるほど東北や日本海側というのは冬の厳しい気候が原因だと言うのも分かりますが、結局は不景気で地元にいても職がなかったり、冬は出稼ぎに行かなければやっていけないような人びとが多い土地だと考えています。

トヨタや他の期間工として来ているのもやはり北海道、東北、そして日本海側出身の人が多いですよね。まだ30歳までだとなんとか夢を見ることも出来るだろうし、仕事に関しても選べる年代だろうと思います。ところが40歳を過ぎると、ハローワークの求人数ってのはグッと減って、期間工や派遣などもトヨタは初回でも50歳まで雇ってくれますが、他は35歳、40歳までというのがほとんどですからね。

そうなると中高年のひとたちは、地元で仕事を探さなければならないのでしょうか。それともどこか出稼ぎを受け入れてくれるような現場があるのでしょうか。身体は動かなくなるし、雇ってくれるところも少なくなるといった状況で明日の幸せを考えることが出来るのでしょうか。

幸せってのは「夢」かもしれないですね。「夢」ってのはお金で買えたりもしますから。

一方ではレクサスを買うような富裕層という人たちがいて、そしてもう一方では自殺するひとがいて。「いざなぎ景気」に並んだという現在の景気はリストラ景気と呼ばれ、結局自殺者を増やしながらでも金持ちになろうとする企業と、そしてリストラや非正規雇用を黙認しながら「再チャレンジ」だと言う国に、ボクたちはどんな夢を見ることができるのかと思っています。

月曜日はブルーマンデーといって、自殺する人が一番多い日だそうです。二直の月曜日はお昼前には目が覚めていて、それでテレビなんか見ながら「行きたくない」なんて思った人も多いでしょうね。ボクもそうでした。あの長い出勤前3時間が辛いですよね。

ま、それでも、一日ってのはあっけなく過ぎるもんで、半年なんてのも、実はあっけなく過ぎたのですが、それも過ぎたから言えるのかもしれませんね。もう今週もあと4日になっちまったよ:)
I LOVE YOU
去年のうちに帰っていたんだけれど、ネット回線が正月なもので工事が遅れて今さっき開通しました。結局この冬空に野宿(駅泊ですが)を2泊、ホテル1泊、知人宅1泊という4泊5日で帰りました。

10日の間、メールやコメントありがとうございました。ボチボチ更新していきたいと思っています。トヨタからの書類は12月26日付けで「退職表」と「健康保険喪失届け」が送られてきました。あとの書類は17日に送るとかで、それまで暇ということですね。で、青春18きっぷがなぜか2日分も残っているので、「んじゃ、日本海に」なんてことも考えていたりして…。「どうなるんだよ〜、オレ」ってな感じで、新年なんだけれど、ま、まったくこれといった信念ってのもなくて、ちょっと妄信(猪突猛進じゃないぞ)しているところなんです。


ダイアモンド笠山。富士山だけがダイヤモンドが似合うというわけでもないだろう、と思うんだけれど…。笠山もかなり綺麗ですよね。
Je T'aime
「離愁」「さらば愛しき日々」にたくさんのコメントありがとうございました。その返事をここで書かせていただきます。


1年ほど過した部屋なんだけれど、そんなに荷物も増えなかったので、片付ける前でもこんなに綺麗でした。

>元高岡さんへ
「田原笠山さんの文章が読めなくなるのがなんだか寂しいなぁ…っと少しセンチになってしまいますが、ほんと、お疲れ様でした。」
なんて素敵なコメント、どうもありがとうございます。終わってみると…やはり思いでってのが、振り払っても振り払ってもすぐそこにやってくるようです。

>cさんへ
「ここまで田原のことを思い出させてくれるところはありません。あのときの気持ち、実感をこんなに思い出させてくれるところはありません。」
とてもとてもうれしい言葉です。ボクたちにとっての田原は、きっとボクたちにとっての原点なのかもしれませんね。ボクもここに居たことを後悔なんかしていないし、ボクたちの人生というものを組み立てて行く方法を教えてくれたのも、田原かもしれないですもんね。

>じょんさんへ
「管理人さんの今の気持ちを推し量ることなど出来ないし、気のきいたコメントも思いつかないのですが、どうしても今このタイミングでありがとうを伝えさせてください。」
ありがとうございます。なんかね、ボクのほうが皆さんのコメントに支えられてきたのにね。じょんさんのストレートな気持ちで、ボクのほうが泣けてきそうですよ。

>スーパー歩兵さんへ
いつもコメントありがとうございました。
「あなたが皆の心の支えになった分、あなたは皆から支えられていますからね 強力に!」
そうですね。なんだか終わった時や今でも「この先どうなるんだろう」ってな気もちのほうが強いですよ。新年なんていっても、本当に喜べないしね。

また、コメントして下さい。ボクとはここで連絡が取れるけれど、皆とはやっぱりここでしか連絡できないからね。

>cooさんへ
偶然なんてのは、多分、人生の中でそれほどなくて、運命なんてのも、ま、それほどないと思っています。
「時にはユーモアも交えた秀逸な文章と
真っ直ぐに伝わってくる写真に惹かれて止みません。」

cooさんにそう言ってもらえるのがなによりです。ま、別に隠す必要もないのだけれど、それにcooさんも気づいているのだろうけれど、なんていうか、ま、また会って飲めると良いですね。

>kakyoさんへ
お久しぶりです。彼もお元気ですか。
あの時のkakyoのコメントでずいぶん多くの人が励まされたと思います。ボクたちって、満了した日からが再出発なので、そう思うとなんだか重苦しい日々を送っています。

明日が青空なら良いんだけれど…。ありがとうございます。またコメントして下さいね。

>なりさんへ
なりさんとは、ま、いろいろとお話が出来ましたね。蛍の頃になると、きっと、なりさんちのことを思い出すのだろうと考えています。

龍一くんのご主人とは田原で会いました。蔵王山の夕陽はとても綺麗でしたよ。その時の写真は載せてみたいと思っています。

>北海道の正宗さんへ
ありがとうございます。
帰省された息子さんといろいろお話が出来て、良い正月だったと思っています。人生これから、きっとそうだと思っています。でも、少し弱気になっているのも確かです。来週からは就職活動を始めようと思っています。どうなることやら分かりませんが、頑張ってみようと思っています。正宗さんも、またコメントして下さい。

>あっちさんへ
ボクと同じ満了日だったんですね。この日満了の人はかなりいたみたいで。
「つらいのは自分だけじゃない!と言い聞かせて、ここまでがんばることができました。」

ありがとうございます。ボクも、そうおっしゃっていただけることや、励ましのコメントでがんばることができたと思っています。これからはお互い、また違った「つらい日々」が待っているのですが、きっと「青空」だと思っています。またコメントして下さいね。
Te Amo
コメントへの返事の続きです。こうしてコメントを読んでいると、涙が出てきます。


京都五条大橋の夕陽。「とにかく迷ったら歩け」それが仏の教えってもんだろ。

>りんごさんへ
「また田原に帰って来てもいいんですよ。(^^;)」
そうですね。田原は…。でも豊田市なら…なんて考えたりしています。田原は思い出が多すぎて…。ありがとうございます。

>Y氏の隣人さんへ
最初の頃からのお付き合いでしたね。「私は、もう、ここで、骨をうずめてしまいましたが」ってことは、登用されたんでしょうか?ボクも、また復活もあるかもしれませんが、今は…。今こうしていると、なんだか寮の広い風呂や食堂のご飯なんてのが懐かしいです。そして、あの田原の風も…。ありがとうございました。

「>豊橋の一読者さんへ
息子さんの進路も良い方向に解決されると良いですね。景気が良いというのが実感できないし、まだまだ企業が出し渋りしているので、雇用も改善されないというのが現状だと思います。求人誌を見ても派遣やアルバイトが多くて。でも、焦らずに探すということも、将来的には良いことなのかもしれないと、思っています。
「管理人さんのこれからの歩みが幸多いものでありますように・・・豊橋から応援しています。
豊橋・田原もまた訪れてくださいね。」

ありがとうございます。豊橋も良いところですよね。今回行けなかった二川や石巻の方にも次回は行きたいと思っています。蒲郡温泉にも行かなかったし…。本当にまた行きたいです。

>wadaさんへ
こちらこそ、どうもありがとうございます。まだトヨタにおられるのでしょうね。いつまでかは分かりませんが、満了まで頑張ってください。

>モルトさんへ
おひさしぶりです。
「嬉しさと寂しさみたいなものが入り混じった感情が今の気持ちなのかな。」

そうですね、それに先の見えないことへの苛立ちみたいなものもあって、今はどんよりしています。モルトさんもホンダでの生活はいかがですか。正月休みもそろそろ終わりで、やっぱりどんよりしているかもしれないですね。それでも、ま、ゴールがあるのだから…。ありがとうございました。

>アイさんへ
「もう田原に来ることはないのかなぁって考えたらすっごく悲しくなってしまいました。」
そんなこと言われると、また行こうかと思うので…。
でも、ま、ありがとうございました。アイさんには聞き苦しい記事もあったと思います。でも、田原工場は噂とは違ってかなり良いところだし、恐らくリピート率も高いのではないかと考えています。トヨタ本体にはいろいろ文句もあったのですが、そこで働いている人ってのは、良い人が多いですもんね。ブログは当分更新しますので、また田原のことなんか教えてください。ありがとうございました。

>真さんへ
ありがとうございます。このブログを読んでいただいて、当時の「思い出が戻ってきた」ということも、ボクにとってはうれしいです。これからはボクも、良いことだけではなくて、悪いことも含めて、トヨタのことを思い出すんだろうなあ、なんて考えています。でも、そうして思い出すことも必要なのだろうと考えています。

>しげさんへ
ありがとうございます。今後のことは…ま、できるだけ書いていこうと思っています。そのほうが期間従業員に来る人や現役の人には興味があるかもしれないですもんね。でも、なんか先行きは…。頑張ります。

>keiさんへ
いつもありがとうございました。
ま、今月中旬までは暇なので、かなりの頻度で更新するかもしれません。それに、ま、かけなかったこともあるしね。でも、写真は田原に居る時と違ってあまり写していないです。見慣れた風景だからかなあ。こうなんて言うか、田原の方が心が動かされるのかもしれないですね。懐かしいなんて思っているから…。

>レクサスに憧れてさんへ
「期間工ほど色々な意味で出会いと別れが激しい世界も少ないかもしれません。」
そうですね。それを皆知っているから寡黙になるのかもしれないですね。別れの淋しさを知っているから。ボクも最後の日はなかなか田原や豊橋を離れられなくて。やっとの思いで離れたという感じでした。いろいろと考える日々でした。こうしてなんでもない日々を過していると、やはりそんな時間が懐かしいですよ。ありがとうございました。

>三里塚さんへ
「管理人さんとは一瞬、すれ違っただけでしたがあの時の短い会話は妙に心に残っています。」
ボクもそうですよ。あの時は、皆さんが大人の対応をしてくれたので、感謝しています。それにそういった会話というのが、なにかネットではないものを感じました。アクセス数が恐ろしいほどあった時期だったので、そのこと自体が怖かった時期だったこともあるのですが。当分の間このブログを続けていきますので、またコメントして下さい。ありがとうございます。

>RAV4さんへ
ありがとうございます。
田原工場で勤務されているのでしょうね。1月から3月までは忙しい時期だと聞いていますし、ボクも昨年の2月3月は30時間近い残業をしていましたから、給料日は楽しみかもしれません。満了日という先が見えることなので、きっと目標も立てやすいと思います。そこに向って行くだけなのかもしれませんね。一歩一歩頑張ってください。

退寮準備(12月23日)
「本当のものがわからないと、本当でないものを本当にする」
京都、東本願寺に書かれていたことばの前で、ボクは立ち止まってしまったんだ。「本当のもの」…「本当のボク」「本当の仕事」「本当の味」「本当のことば」「本当の愛」……。本当でないものってのがある。「本当でないボク」……。


この日のことをボクは一生忘れないでいるんだろうね。

「本当のボクがわからないと、本当でないボクを本当のボクにする」
では、今のボクは本当のボクなのだろうか。いったい「本当なもの」とはなんなんだろうか。ボクたちはいったいどれくらいの「本当のもの」をわかっているのだろうか。

例えばこの写真なんだけれど、23日の朝早くに最後の笠山に登って豊橋の方から登る朝陽を写した一枚。正円ではない、それはボクたちが本当と思っている太陽の形とは少し違った、本当でないもののようなものなんだけれど、それでもこれは太陽であって、ボクにとっては「良い感じのボケ加減だよね」って一枚になっている写真。でも、これは「本当の太陽」を写した「本当の写真」なんなんだ。

実は案外ボクたちってのは「本当のもの」をほとんど知らないまま生きていて、それはそれで特に困らないような仕組みになっているのだろうと思う。「本当のボクをわかって、本当の仕事に就けて、本当の味をあじわって、本当のことばを話して、本当の愛に巡りあえて、本当の人生を送り、本当の死を迎える」なんて人生を送ることが出来るという人のほうが、とてもレアケースのように、思う。

「本当でないものを本当にする」ということでボクたちはボクたちの心を慰撫している、そういった自己欺瞞の一生を送れるのが人間なのだと、思う。だって、例えば野生動物の世界では本当ではないものは100%に近い確率で生きることが出来ないだろうし、たとえ生き残れたとしても子孫を残すということはこれまた100%に近い確率で不可能だから。泳げない魚は、飛べない鳥は、泳げる魚でも淡水魚と海水魚がいるように、飛べる鳥でも大気圏は越えられないように、動物たちには動物たちの「本当さ」があって、それを逸脱することはできない、というか「本当」でなければ生きていけないのだろうと、思う。

あ、いえ「本物」ということと「本当」ということは違っていて、「本物」というのは唯一無二のものであって、決して「本物でないものを本物にする」ことは出来ないと思うんだけれど…。贋作や模造品ってのはあるとしても、それは本物を知っている、あるいは本物ではないという認識下での行為であると、思うんです。

では、この京都の仏教寺院の一画に掲載されたことばはボクたちに何を伝えようとしているのでしょうか。本当のものってのをほとんど知らないままで生きているボクたちだとすると、本当のものと出逢うためには、実は「本当なもの」であるかどうかということを、まず考えて見なければならないということから始めなければならないのではないかと、それは懐疑主義ということとは少し違う、例えば「オレはオレは」と今の自分がいかにも本当の自分ではないような否定の仕方ではなくて、今の自分も「本当のもの」であると同時に「本当でないもの」であるという考え方をすることではないかと思うんです。全てを肯定する生き方をしない限り、本当でないものってのが見えてこないと、思うんです。否定じゃなくて……。

23日、ボクは朝陽を見るために笠山に登りました。それから部屋の片付けを始めたのですが、なかなか終わらなくて…。荷物はダンボール箱2個だったのですが、もう1つ増やすかどうか迷ったりしながら、かなり捨てました。その後部屋の掃除をして退寮時検査を済ましたのは15時前でした。それからボクは15時30分のぐるりんバス童浦線に乗って田原駅に向かいした。寒い午後でした。

とても寒い感じのする田原駅前でした。駅のホームの向こうに沈む夕陽を見ながら、ボクはただ田原の街を見ていました。

今、こうして思い出すとなんだか悲しい風景の中にボクがポツンとバス停に座っていて、それは全体としてとても悲しい風景のようなんだけれど、ボクはボクにとって本当の田原を想い出にしたかったのかもしれないと思っています。最後の田原の夜も眠れなくて、これから何日も睡眠不足が続くのだけれど、その分ボクはいろいろな風景を感じて、いろいろな言葉と触れていたと思っています。

帰郷(12月24日)
ボクは故郷に帰るということがどんなものなのかを知っていて、それはみんなが思っているほどバラ色の時間でもないし、みんなが考えているほど期待するほどのものでもなくて、宝くじの当選番号を調べる時のドキドキする感じで、どうせ一等なんて当るわけないんだからと調べ終わった瞬間に似ているように思うんだ。


蔵王山からの夕陽。今日あたりは正月帰省から寮に戻ってくる人が多くて、寮も日常に戻っているのでしょうね。月曜日は黄直が一直から始めるんだったっけ?さて、今日は何しようかなあ、オレ。

期待するほど故郷ってのは優しくもなくて、想い出ってのがそこいらに転がっていて、それがボクたちの自意識みたいなものを刺激する。そうして田原にいる時以上に下を向いて歩いてしまうってことがあるもんなんだ。それにボクたちってのは、多かれ少なかれ故郷で何かがあってトヨタ期間従業員としてやって来たのだから、少しばかり時間が流れていったとしても、全てが振り出しに戻るってことでもないということを知っているのだから。

ボクはそんなことを考えていて、田原を離れる当日になってから「もう少しいようかなあ」なんて思っていたんだ。

24日、ボクは予定していたように7時30分のバスそして渥美線に乗って、豊橋のトヨタレンタカーに行った。「三河湾大橋を渡って」というのはボクの夢だったし、それがボクの田原で一年近く過したことへの自分自身へのプレゼントだと考えていたんだ。そしてそのことでボクの期間工物語は最終回をむかえることになるという、そんなドラマティックな演出を考えていたんだ。

クリスマスイブという、世界中がプレゼントに夢中になる日にボクとしては誰にも負けないぐらいのプレゼントが出来たと思っている。

レンタカーを借りたボクは豊川に向った。豊川稲荷に行った。そして三河湾大橋を渡って田原から伊良湖、渥美半島をドライブして、夕方日が沈む頃に蔵王山に登ったんだ。ボクはボク自身の気持ちを整理しなければならなかったし、それが次への一歩のためには必要だった。ボクは車を走らせながら、いろいろなことを考えていた。

風景というのはそれ単独で記憶に残るということはとても稀で、そこで何を思ったかとか、そこで何をしたかということをスイッチとして後になって思い出されるのだろう。そのことを話すと「歌に似ているね」なんて言った女の人がいたけれど、なるほど曲や歌詞単独でその歌というのを思い出すということは少ないのかもしれない。

スローバラードのような時間が流れていった。

かなりゆっくりの時間が過ぎて、眼下の田原の街の帳が下りる頃、ボクは「じゃあ、また」なんてひとりごちてから車に乗り込んだ。もう風車や衣笠山の向こうに沈む夕陽は見ることができないかもしれないと思ったし、そう思うと少しは気が楽になって、次々とボクが今後やらなければならないことが浮かんできた。

ボクは三河湾大橋に向ってゆっくりと坂道を下って行った。それは助走のように思えた。
(うまく書けないのだけれど、ボクはそんな感じで田原を、三河湾大橋を渡って出て行ったのです)


12月24日の夜は田原を後にして名古屋チサンホテルに泊まりました。このホテル丸くなっていて、どこか外国の(それも発展途上国の)ホテルみたいで、かなり狭い部屋なんんだけれど、ボクは好きになりました。円の外側の部屋だと窓から街並みが見えるんだけれど、ボクの宿泊した内側の部屋の窓からはこんな風景しか見えなかった。それでも、ま、4200円という料金と、名古屋駅からすぐという条件、何よりも異国情緒たっぷりの造りが気に入ったんだけれど。
帰郷・名古屋味噌味絶縁宣言(12月25日)
空港は、たとえ見送られたり見送ったりすることがなくても、どこか悲しいと思う。

名古屋チサンホテルの朝食はバイキングで、1050円なんだけれど、それならコメダやマックやその他駅周辺の食べ物屋さんのほうが「かなりまし」っていう感じのものでした。というか、ご飯がね。工場や寮の食堂のほうが美味しいと思ったんだけれど…。


三河湾大橋から蔵王山。

ま、それでも、ご飯を食べなければパンやスクランブルエッグは(てか、パンとエッグが)美味しかったので、ボクはかなりの時間をかけて食べた。コーヒーも二杯飲んだしね。

だいたい日本人ってのは食べるのが早い。「え、もう食べたの」ってぐらいの速さで、チサンホテルの食堂は人びとが入っては出て行ったのだけれど、そうなるとゆっくりするのが悪い気がして、ボクも一時間後には出たんだけれど…。

前夜(クリスマスイブですね)、ボクは名古屋名物の味噌おでんと味噌カツとドテ煮(もちろん味噌味)という味噌トリオを食べて、あの赤味噌甘甘味に少々胸焼け気味、ってか、12号ぐらいのケーキを丸々一個食べた感じだったので、いくら甘党(辛党でもあるんだけれど、バイですね)なボクも「もう名古屋の味噌味なんて信じないもんね」と、ま、名古屋味噌味絶縁宣言を決めていたんです。

ああ、銀座ライオンで美味そうな生ハム食ってりゃ良かったよ、という後悔を引きずったままチサン朝食バイキングに行ったボクは、またまたそこでも、ああ、コメダにしとけばよかったよ、と「もう名古屋では食べないもんね」と、ま、名古屋絶食宣言を決めたんです。

ところであの甘甘味噌味ってのは、どこでも同じなのかしら?

そういえば、ボクの生まれたところではデミグラスソースに砂糖を入れて、それをトンカツなんかにかけるってのが普通のトンカツや串カツだったんだけれど、あの甘甘デミグラスソースってのは、きっと名古屋味噌カツのパクリかもしれないですね。あれって、たぶん缶詰のデミグラスソースに砂糖入れているだけだと思うんだが。それと同じで今回の甘甘味噌味ってのは、赤味噌に砂糖ぶっ込んで(下品な言い方ですが)「どえりゃ〜美味いでよ〜」なんてことにしているのかもしれないと…?

あ、いずれにせよ、もう二度と味噌カツもドテ煮も味噌おでんも食べないからいいけど:P

でも、本当に美味しい味噌カツや味噌おでんやドテ煮があって、それはまるは食堂のエビフライと同じぐらいに、初めて食べた人はビックリするぐらいの味なのかもしれませんね。でも、味噌煮込みうどんの山本屋とか有名店は行列ができていて、そこまでして食べようとも思わないし…、てか、そこまでして食べろって。
帰郷・名古屋ツアー(12月25日)
チサンホテルの朝食の後、ボクは荷物の整理をして(と言っても、20リットルのザック1つがボクの全てだったんだけれど)ホテルのカウンターへと向いました。クリスマスの名古屋駅前は…てか、普段の日の名古屋を知らないのでなんとも言えないよね:)

地下鉄乗り場に向いました。一日乗り放題チケットを買って、名古屋ツアーの始まりです。まずは名古屋城に。朝早いせいか観光客も少なくて、なんだか広い敷地がよけいに広く感じたんだけれど…。


金のシャチホコ、ひとつ500円也。まとめてくれ。

最近はどこの観光地に行っても、韓国や中国の観光客が多いですね。この日も8割はそんな日本人以外のアジア系の人たちでした。「人たちでしたって、どこで分かったかのかよ〜」なんて、ま、この話を知人にしたら突っ込まれたのですが、その見分け方はこうです。

まず、日本人の若者はデジカメよりも携帯カメラで写真を写す。ま、当たり前というか、携帯電話で通話していたりするのは、ほぼ日本在住の日本人を含むアジア系の人たちですから、携帯電話=日本人と言うことです。

で、着ている物。これは、よく見ると色や商品が微妙に違いますから…。って、この日ボクが着ていたのは、ロイアルブルーという色の真っ青のジャケットだったのですが、このような原色系は日本人はなかなか着ないですよね。てか、ボクの場合は原色が好きなので、と言っても派手好きとかじゃなくて、ま、なんというか、全体が地味なのでせめて服ぐらいはね、ってなことで、ちと派手目の色を…。

なんて話を知人にすると「オイオイ、それってお前じゃないか」と…。あ、そうか、デジカメに原色…携帯持ってないし……。ま、とにかく外国人観光客が多かったのですよ。日本に来る外国人観光客の生活レベルってのはかなり高いのだろうと思います。だって、こんな物価の高い国に来るんですからね。そういえばチサンホテルにも外国人ツアー客がいました。

で、次に向ったのは大須観音。大須商店街ですね。ここは、ちょっとびっくりで、商店街の広さと、米兵(コメ兵ですね。米兵とかくとベイヘイでアメリカ軍兵士を想像するよね)をはじめとするリサイクルショップがたくさんありました。中にはグラムいくらで衣類を販売している店もあって、なんだかちょっと霊感の強い人だと、それら衣類についた霊みたいなものが見えてきて「ここヤバイですよ」なんてことになりはしないかと思ったりしましたよ。

物に霊がとりつくってのはよくある話ですが、最近は古着を着る人も多いですね。オークションなんてのも盛んだし。誰が着たのか分からない服ってのは怖くないですか?ボクはどうもダメだなあ。んでも、ま、誰が乗ったか分からない中古車には乗っているんですが…。あ、誰が読んだか分からない本を読んでるなあ。それもブックオフとかで買ったのではなくて、清掃会社の知り合いが「読まんね」と持ってくる古本だったりするから…。

でも、ま、大須の古着は観音様がキチンと厄を落としていて、除霊しているだろうから安心だと思ったのですが…。あ、そうそう、あのあたりの食べ物屋さんも安くて美味しいですよね。ボクは居酒屋さんに入って定食とビールを飲んだんだけれど、かなり良心的な値段でした。ダンゴも美味かったしね。

大須を後にしたボクは「さてどうしようかなあ」なんて考えたのですが、もうかなり歩いていて疲れていたこともあり、そのまま電車に乗ってナディアパークへ。名古屋ロフトの地下にあるmont-bell名古屋店へ。愛知のmont-bell直営店はここと、去年開店したジャスコナゴヤドーム店内の2店。九州には福岡に2店舗しかないので、取りあえずこの冬の新作をチェックして…。

そして名古屋駅に戻ったらもう15時すぎで、「あ、そろそろ夕陽が」なんて考えて名鉄に乗り中部国際空港セントレアへ。
帰郷・さよなら田原(12月25日)
別れをテーマにした音楽は数多くあるのですが、ボクが一番好きなのは「外は白い雪の夜」です。天才詩人松本隆さんの詩ってのは、人の寂しさの情景をスローモーションでボクたちの目の前に再現してくれるように思います。

「あなたが電話でこの店の名を、教えた時から分かっていたの、今夜で別れと知っていながら、シャワーを浴びたの哀しいでしょ?さよならの文字を作るのに、煙草何本並べれば良い?せめて最後の一本を、あなた吸うまで居させてね」


ハッピークリスマスサンセット。

中部国際空港に着いたボクは別れについて考えていました。空港の別れってのは、残酷なもので彼/女の姿が見えなくなってから飛行機が飛び立つまでかなりの時間があって、手の届きそうな位置にいながらどうしようもない2人には、その距離が遠くて、そして煙草一本吸う時間どころではない長い時が過ぎていく。

見送りデッキに行って、その飛行機を見つめている人たちにとってその風景ってのは、手を伸ばせば届きそうな感じのする幻でしかないのだろうと。そして見送った人は今来た道をまた戻っていく。そうして2人の距離ってのは確実、そしてすごいスピードで離れてしまうのだけれど、残り香や温もりなんてのがすぐ近くにあって、その時間と距離と感覚の差ってのに戸惑ってしまうのだろうと思います。

ある女の人に「距離が思い出を遠いものにするから」なんて言ったことがあります。でもね本当は逆なんだと、ボクは思っているんだ。少しずつ離れていく距離、そして逢いたいと思う気持ちは…ゴムみたいなもんで、パッと話すとすごい勢いで戻ってしまうようなもんだと。距離が遠くなるほど、そのスピードは増すわけで…。

セントレアの夕陽は、たとえ感情を押し殺して生きている人でも(例えばゴルゴ13でも)泣けてきそうな風景でした。人は自分の気持ちで風景を見ると思うのですが、そうではない圧倒的な風景ってのがあると、思うのです。ボクがレンズ越しに見たのは、その風景の中で息をしている人たち、というかボクだったように思うのです。

そんなことを考えていたら、夕陽のあったあたりも真っ暗になっていました。ボクはその夜の宿を決めていませんでした。このままセントレアに泊まろうかと思ったのですが、最終便が23時なので、それから閉鎖されるのだろうと考えると、屋根の下ではない野宿になるかもしれないので、ボクは名鉄に乗って名古屋に向かいました。

名古屋駅はクリスマスのイルミネーションが綺麗で、駅前は賑やかでした。ボクはそんな駅周辺を少し歩いてみました。歩いていないと寒い日でした。そしてJRバスの発着場のベンチで一時間ほど過しました。

ずいぶんと考えていました。このまま朝を迎えるか、それとも中央線に乗って松本に行くのかと。22時前、ボクは立ち上がリました。もう一度だけ、最後の1回。

ボクは東海道線上りに乗りました。行先は豊橋。


ミッドランドスクウェア下から見たツインタワー
帰郷・豊橋駅泊(12月25日)
蔵王山の灯りは、その位置が分かっていないと、おそらく見逃してしまうほどかすかなもので、ボクのイメージとはずいぶんかけ離れていたものだった。線路と大地と蔵王山の間には、漆黒の闇が広がっているだけで、あのキラキラ輝いていた三河湾は、その闇の中に飲み込まれていた。

あなたにとって一番記憶に残っているクリスマスってのは、どんなものですか?


豊橋駅、深夜2時。もうオレを置き去りにしないでくれ。

名古屋駅発22時13分発区間快速豊橋行きに乗ったボクは、三河三谷あたりで見えるだろう蔵王山を探していました。田原寮のボクの部屋から見える夜の蔵王山は、ちょうど空中都市のような感じで、あの風車がその都市を持ち上げているように感じていました。そんな思い出を少し引きずっていたのです。

ボクは少し情緒不安定で、それは名古屋の喧騒と寒さに中ったのかもしれないのですが、どうしても名古屋を離れる前に、ボクの田原を見たいとかなり強く思っていました。「ボクの田原」というか、誰も知ることのないボクの心の中の思い出たちとの会話する時間と空間、といったものなのだったのです。

クリスマスもあと1時間で終わる23時12分、電車は豊橋駅に静かに到着しました。ボクは「また戻って来たっちゃよ」と、ボクがはじめて見た深夜の豊橋駅ホームで、少し声を出してみました。

名古屋からはいくつかの選択があったのですが、結局ボクは距離も時間も、そして記憶までも戻ってしまう豊橋を選んだのです。あの時のボクの気持ちといったら、それはどうしようもない恋みたいな感覚で、何かに包まれて眠るというようなことを想像していました。「何か」それはボクの田原での思い出すべてだったのだろうし、ボクが残していったボク自身の霊だったのかもしれません。そういったものたちとの会話が救いであり、解決だったのかもしれません。

ボクはそれから少しの時間いろいろなことを考えました。ボクたちは思い出ばかりを語り合っていました。それは夜が明ければ無くなってしまっている世界で、将来のことを話すようなものでした。実際ボクは夜が明ければ電車に乗って遠く離れてしまうのだから。そして、ボクたちってのはどんどんかすんでいく思い出だけの中でしか生きていけないのだから。もう更新されない思い出がとてつもなく愛おしいものになっていました。

ボクは寒い、それは今まで経験したことないぐらいの寒さだったんだけれど、そんな豊橋駅で一晩過しました。でもね、その夜のことが、ちょうど焼き物の釉薬のように、ボクの思い出を輝かせるのだろうし、その夜が全てだったようにも、今となっては思っているんです。

どうも抽象的で分かり難いですが、この時のボクといったら、なんかどうしようもない感覚で、今思うと、神の啓示を受ける前ってのはあんの感覚なのかもしれないと考えたりしています。ボクにとっての豊橋駅ってのは、モーセのシナイ山みたいなものかと、たいへんおそれ多いのですが、ふと考えているんです。


当サイトでは第三者配信(Google)によるcookie を使用しての広告を配信しています。詳しくはプライバシー ポリシーをご覧ください。
<< | >>
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  





blogpeopleロゴ
にほんブログ村 地域生活(街) 中部ブログ 豊橋情報へ

follow us in feedly

Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...