トヨタ期間従業員に行こう

トヨタ自動車期間従業員であった筆者が期間工、派遣社員、非正規社員についてや雇用の問題そして1年間にわたる失業生活、その後のタクシー運転手としての日々なんかをぬるめに書いています。

どうしてこんなに悲しいんだろう
朝、Nさんが「昔のように北風が泣かないね」なんて言ったのだけれど、それはきっと外を歩く機会が減ったからだろうと思った。「昔のように寒さを感じないね」なんて誰かがNさんの言葉を受けて言ったんだけれど、それもきっと同じような理由だろうし、洋服の進化なんてことにも関係しているのだろうと思った。ボクたちがそういう感覚になるほど温暖化が進んでいるとしたら、もう手遅れということになるんだろうし、逆に温暖化は厳冬をもたらしているということも言われているんだから、寒さや暑さに対して鈍感になっているということでもあるんだろうと思った。

徹夜明けのくたびれた気持ちにアルコールを流し込むとなぜだか悲しくなった。朝焼けの残滓が部屋の中に散らばっていた。アルコールで希釈された思い出が身体中に散らばり始めていた。もう思考を組み立てることが出来なくなっていた。かわりに涙が流れていた。どうしてこんなに悲しいんだろう。どうしてボクは寂しいんだろう。

昨夜、過去のことを少し話したらTさんが「年をとると臆病になるね」なんて言ったのだけれど、失う物が多くなったわけでもないのに、なにかにしがみついているんだろうと思った。それほど長くない将来に何かを期待しているわけでもないのだけれど、それに生きていていいことがあるということでもないのだけれど、命にしがみついていると思った。命というか仕事とか社会にしがみついていて、そこから抜け出せないどころかちょうどライン作業のように流れては戻っての繰り返しのように感じた。もう少し暖かい場所で、九州とかで、タクシー運転手なんてのも悪くないなあ、どこでやっても同じなんだから、なんて思った。

徹夜明けのくたびれた気持ちにアルコールを流し込むとなぜだか悲しくなった。朝焼けの残滓が部屋の中に散らばっていた。アルコールで希釈された思い出が身体中に散らばり始めていた。もう思考を組み立てることが出来なくなっていた。かわりに涙が流れていた。どうしてこんなに悲しいんだろう。どうしてボクは寂しいんだろう。

1月3日の初日の出
1月3日の初日の出
迎春1dayフリーきっぷでセントレア
今時の若者はさとり世代というそうだ。
というか、若者だけではなくて国民の多くがその「さとり世代」であるように思う。タクシー業界なんてのは悟った人がかなりいて、まるでアシュラムのようでもある。収入が低く、貯蓄高も低い、かわりに借金率が高く、持ち家率ももちろん低く、非婚率が高く、そのせいではないだろうけれどたぶん平均寿命が低い。

趣味はパチンコ、競輪、競馬にボート、休日には家飲みをして、エンゲル係数が異常に高い。ファッションなんてことには無頓着な割には喫煙率が高い、それが業界の特徴で、ボクのまわりにもそういう人たちがかなりいる。収入に見合った生活をしている、というか、生活を収入に合わせている。月収が10万円ならばそれなりの生活が出来るし、8万円でも6万円でもやっていける、さとり、ではなくて、仙人のような人たちが多い。

ボクもそのうちのひとりで、すっかりと悟っていて、休日は家に引きこもり読書三昧だったり趣味は散歩だったり、たまの外食はすき家で牛丼だったり、ちょっと贅沢してスタミナ太郎だったりする。もちろん結婚するなんて野心もなくて(野心じゃないか、それに甲斐性もないのだけど)、出会いなんてものにも無関心、出世願望なんてものもなくて、夢や希望なんてものとも、とうに縁切りしている。

さとりの何が悪いのだろうか?
資本主義国家としては野心を持ってガツガツ(社会や国家のために)働いて、儲けた金で消費を増やし、さらに結婚して消費者を産み増やすことが正義に決まっているのだから、ブッダが増え続けることは資本主義国家の消滅を意味している。だからさとり世代を否定的にとらえるし、引きこもりは悪だと説くのだ。

ローソンの新浪さんがニコニコ顔で出演しているが、コンビニなんてのがさとり世代を増やしている悪の元凶でもあるのを、本人もNHKも気がついているのだろうか?コンビニが増えれば増えるほど非正規労働者が増えるということ。学生や主婦のアルバイトなんてのは少数派で、正規社員になれない人たちがしかたなくコンビニでアルバイトをしている現状をどう説明するのか、そうしてそういう人たちを悟らせている張本人だということを、新浪さんは分かっていないのだろうか。

コンビニ業界で働く非正規労働者の労働条件や権利、そして将来なんてものをどう保障するのかなんてことも、もう少し俎上に載せて議論した方が、というか、さとり世代がいなくなると、そして非正規労働者がいなくなると、やっぱり困ってしまうのは資本主義国家ってことなので、「生かさず殺さず」にするということが家康から連なるこの国家の治め方なんだろう。

新年、いつものお年玉は、名鉄の「迎春1dayフリーきっぷ」で旅だった。去年は犬山城や名古屋散策をしたのだけれど、今年は利用最終日の5日の午後に家を出て…結局セントレアに夕陽を見に行くのが、その往復が精いっぱいだった。

というか、考えればこれも「さとりの行為」なのだけれど、夕陽を見にセントレアに行く、ってのはちょっと贅沢かもなあ、なんて思ったりもした。でも、そんなことで「贅沢」なんて納得するほど悟っているんだから、もうこれは空海もびっくりの境地を開いたかもしれない。そうなるとボクのような中年を「仙人世代」なんて呼んでくれるとありがたい、なんて思ったりしている。

さとらなければ生きていけないのだから仕方ないのだし、そのうちまた「欲しがりません勝つまでは」なんて国家ぐるみで倹約を煽る時代が来ないとは限らないのだから、別に良いんじゃないのかと思う。一億総ブッダ国家、シッタールダも草葉の陰でさどかし喜んでいることだろう。かわりに本当の坊主がナマクラになってしまっているのが嘆かわしいのだけれど…。

さてと電気代がもったいないから寝るか。

2014年 迎春1dayフリーきっぷ
ミューチケットで先頭列車に乗ったのだけれど、それも贅沢なことで至福の数時間だったとさ。
マナーの悪い客はタクシー運賃が高くなります
年末の忙しさから一転、暇な日が続く。25日の給料日までは年末年始や成人の日三連休での出費により、緩みっぱなしだった財布の紐を締める人が多いのだろうから、タクシー業界だけではなくて消費自体が冷え込む時期なんだろう。この寒い天気と同じようにね。

土曜日の「情報7days ニュースキャスター」で「カメラが捉えた“人間交差点”年末年始のタクシー」なんて特集をやっていた。その中でタクシーの女性客の品のなさを取り上げていた。「てめえこの野郎」なんて下卑た言葉を使って運転席を蹴るなんて女性客が映し出されていたし、確かにそういう客がいることも聞いている。

女性酔客は男性にはない(男性よりも)冷酷さや執拗さで、タクシードライバーの人格までも攻撃する。そしてセンターにクレームを入れてくるのも、どうも女性の方が多いと聞く。男性客はその場でドライバーに言うけれど、それが怖くて出来ないから降車後に電話をするということなのかもしれないのだが。

相変わらず「客は神様だ」なんて人も多い。神様ごっこ。クレーマーの増加は、その神様意識が増幅しただけのこと。タクシー運転手だって次は「神様」の前で「神様」になる。消費社会における神様循環、国民総神様の時代なのだ。志の輔師匠の「みどりの窓口」なんて噺はそこのところを巧く描写している。

みんな疲れている、そして、みんな他人を追い込む。

「マナーの悪い客はコーヒーの値段が高くなります」なんてフランスのカフェのことが話題になっていたのだけれど、値段が高くならないまでも、結果的には利益よりも不利益になるほうが多いと思う。その前に人としての値段が低くなる。
「マナーの悪い客はコーヒーの値段が高くなります」フランスに斬新なカフェが登場

タクシーだと、ちょっとばかり遠回りされ、ワンメーターなんて余分に支払うようになるかもしれない。それぐらいは出来ると思う。ついでに言うならば、運転席を蹴ったりしたらそのまま警察に直行し「器物破損」「暴行」「恐喝」なんてことになるかもしれない。密室であるということは逆にドライバーに有利に働くこともあるということを解ったほうが良い。

「コーヒー1杯」7ユーロ(約1000円)
「コーヒーを1杯いただけますか」4.25ユーロ(約600円)
「こんにちは(おはよう・こんばんは)。コーヒーを1杯いただけますか」1.4ユーロ(約200円)

という値段設定だそうなんだけれど、

「豊橋駅」1メーター800円
「豊橋駅までお願いします」1メーター680円(これが正規)
「こんにちは(おはよう・こんばんは)。豊橋駅までお願いします」1メーター500円
ついでに、到着後に「ありがとうございました」を付け加えると、更に10%オフなんてことに…。でも、態度が悪くてその言葉だけを台詞のように言われてもなあ。(それをしゃべる「タクマナくん」なんてアプリなんてのが開発されても困るけれど)

とにかくもうとっくに、それも物々交換の時代から、マナーの良い客のほうが得をしているのだ。

カメラが捉えた“人間交差点”年末年始のタクシー
情報7days ニュースキャスター
三雲さんは相変わらず綺麗だね。
雇用情勢
相変わらずハローワークに行くのが趣味だったりするし、あの雰囲気がなんとなく落ち着いたりする。失業者ではないという安心感みたいなものが手伝ってそういう気分にさせるのかもしれないし、人びとの持つ絶望感みたいなものが場所を神聖化していてまるで宗教施設のように感じるせいかもしれない。差し込む冬の陽がボクや彼らの体温と混ざり合い、エアコンの設定温度以上の暖かさになり部屋の上のほうに溜まっていて、逆に下のほうの空間を重苦しくさせているさまなんてのは、まるであの四国の霊場そのもののように感じさせる。

思わず「無上甚深微妙法」なんて開経偈を小さくつぶやく。そこにいる人びとは、例えば巡礼のように、なにかに傷ついている。なにかに悔いている。そして救いを求めている。画面の向こうに救い主が現れるのを待っている。

平成25年11月の有効求人倍率は全国平均1.00倍で、前月に比べて0.02ポイント上昇したそうだ。愛知県に限ってみれば1.44倍、0.05ポイントの上昇、東京都に次ぐ高い数値となっている。(都道府県・地域別有効求人倍率(季節調整値)(新規学卒者を除きパートタイムを含む)(PDF:45KB)

3月4月の繁忙期と消費増税前の駈込み需要が重なって自動車関連の期間従業員も相変わらず募集が続いている。メガソーラー建設の求人も数十人規模で行われていたりして、ハローワークの求人だけではなくて週末の折込求人広告も増ページして発行している。どちらも、あの頃、ボクが失業していた頃とは比べ物にならなぐらいの求人数で、“テンションが上がる”。

「一般(フルタイム)、月給16万円以上、年齢40歳以上、勤務地豊橋市」で検索をかけると1578件もの募集がある。月給を20万円に上げて再検索しても1265件ある。「パート、時給800円以上、年齢40歳以上、豊橋市」で検索しても976件ある。あのリーマンショック後には行列にできていたハローワークの空席が目立つ検索パソコンに座っていると、1.44倍というよりも、その千件ちかい数字が全て自分への求人と錯覚してしまいそうになる。

確かに「ある」のだ。それも半端な数ではなく、それをいちいち閲覧していたら一日では足りないぐらい「ある」のだ。

それでも、応募するとなるとその一割も満たない数、いや1%ぐらいの数、10社程度しか残らない。その10社とて採用される確率となると、これまた分からないのだから、結局1.44倍なんてのは魔法の数字みたいなもので、0.0144倍なんてものが実数だったり、実感できる数字だったりする。

自動車関連企業のように、業種、そして雇用形態によってはその人手不足が深刻だとしても50歳なんて大台になった人たちにとっては、1.44倍なんて数字は幻でしかなくて、ボクが感じている0.0144倍以下なんて絶望的な数字なんだろうと思う。

募集・採用における年齢制限の禁止されているとはいえ、求人倍率は年齢と反比例する。「若さ」というのが、なによりの資格なのだ。国家資格や経験はその若さの前では色褪せてしまう。

ボクが感じている求人倍率0・0144倍は、きっと20代の人には3倍なんて数字で実感できるだろうし、30代の人たちにだって2倍なんて感じがするのだろうと思うと、「ああ、やっぱり“青年よ大志を抱け”なんだろうなあ」なんて思うし「“中年よ耐我を抱け”なんだろうなあ」なんて思う。

タクシー業界は相変わらず募集していて、それも複数単位10名なんて数でその求人倍率増加に貢献している。それに福祉関係なんてのも、雇用政策の優等生なのだ。たぶん、毎日ハロワに通っていたら、たまにボクが行って「ある」なんて感じる昂揚感なんてものはこれまた色褪せて、「いつもの」なんて、もう消費期限の過ぎた求人ばかりがその千数百の大半を占めるのだろう。

仕事っていったいなんなんだろうなあ、なんて思いながら、そして働くっていったいどういうことなんだろうなあ、なんて思いながら、ボクはハローワークの自販機のコーヒーを飲んでいたんだ。

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ハローワーク求人40歳

雇用の流動化とセーフティネットの整備 - 辻元
「スマホdeタッくん」が微妙な件
「全国タクシー配車」や「スマたく」なんてのが運営されるようになって一年過ぎるのだけれど、どれほどの配車がそれらのアプリ経由であるのだろうか?ボクが実感するには「1%未満」なんて数で、スマホ配車に当たるのを「宝くじに当たるより難しい」なんてつぶやくドライバーもいたり…。それでも首都圏、名古屋や大阪なんて都会においてはその配車比率も高くなっているのだろう。

地方で利用客が増えない理由は
(1)スマホ経由で呼べるタクシー会社が限られている
(2)利用者がほぼ常連
(3)浸透していない
(4)三大利用客(老人、病人、酔っ払い)が使いこなせない
(5)タクシー会社自体、スマホでの配車を面倒くさがっている

なんて理由があげられる。タクシー会社もドライバーも「面倒くさがっている」ということも聞かれるし、その理由としてGPSの精度(要するに場所の確定が甘くなる)というのが最大の理由なのだろうと思う。顧客が場所をきちんと入力(例えば「ローソン駅前店前」)してくれればいいのだけれど、例の「ここに呼ぶ」だけのピンの位置だけだと、微妙にそこがどこなのか分かりにくいと思うし、ビルの真ん中にそのピンが立っていたら「屋上に来てほしいんかい」なんて…思うかもしれないし…。で、結局「いない」ってことになって、配車センターから客に電話をかけて聞くなんて手間になる。その電話代もコスト高になる。

電話での配車が100%正確な位置を聞き出せるかというとそれも疑問なのだけれど、ドライバーの立場にたって顧客の「居場所」を聞き出してくれるので、アプリよりは正確だし安心はできると思う。

それでも、旅先、特に都会ではとても便利で、例えば、ボクが東京に行ってタクシーを呼びたいと思ったら、(1)タクシー会社の電話番号から調べなければなら(2)その場所を特定しなければならない、なんて問題がとりあえず生じる。この手続きを完了するまで、おそらく2分とか3分なんてかかるだろうと思う。スマホやiPadを持っていたとしてもそれだけの時間が必要なのだ。

アプリ経由の配車依頼だと、そんな手続きなしに1分以内に呼べることが出来る。便利だ。先日、東京ハイヤー・タクシー協会がサービスを始めた「スマホ de タッくん」は、もっと便利になって、これまでのタクシー会社別の配車アプリではなくて、複数の会社を横断検索してもっとも近い車両を配車してくれるらしい。

「もっとも近い」なんてかなり難しい作業だなあ…。「オレのほうが近いぞ」なんてドライバーからのクレームはないのだろうか…なんて思ったりもするのだけれど、客にとってはさらに便利になったし、これが地方にも拡がって、例えば豊橋市内で運用されるようになったら、もう少し収入も増えるかなあ、なんて思っている。

それでも、「タッくん」かあ…。微妙なネーミングだなあ。それにAppストア内で「スマホdeタッくん」では検索できないで、『東京のタクシー「スマホdeタッくん」』じゃないとダメなのも痛い。だいたい、ひらがな、カタカナ、英数が混在したネーミングなんてのは、パスワードじゃあるまいし入力するのに面倒だ。

複数の配車アプリを使わなければならない、という状況もなんだか面倒くさいなあ、なんて思ったり、それでも東京ではこのアプリかなあ、なんて思ったりしながら、東京に行ってタクシーに乗るなんて日があるのかしら、なんて思ったら、なんとなく悲しくなったとさ…。さてと寝るか。

東京ハイヤー・タクシー協会は1月22日、複数のタクシー会社で共通の配車アプリ「スマホ de タッくん」を公開した。東京23区内などを対象に、現在地から一番近い車両を横断検索して配車を依頼できる。複数のタクシー会社が共通アプリを通じて行うのは国内初という。

「今すぐタクシー」に応える配車アプリ「スマホ de タッくん」公開 近い車両を複数社から横断検索 - ITmedia ニュース

スマホ配車対決 | トヨタ期間従業員に行こう
「全国タクシー配車」どうなんだろうね? | トヨタ期間従業員に行こう

スマホdeタッくん
当然ながら豊橋は配車エリア外です。
そのうちスマホのバイブ機能の使って「スマホでタッちん」なんてアプリが出るに決まっている、と思ったり。
ファミマの特製弁当販売中止について考えたこと
潮騒が聞こえるほどの海の近くで生まれた。貧しかったのだけれど魚だけは新鮮で豊富にあった。朝から刺身なんてこともよくあったし、味噌汁の具にも魚がいつも入っていた。野菜も種類は少なかったのだけれど、近くの畑で採れたものだったし、豆腐だって近所の豆腐やが造っていた。味噌も自家製だったし、干し大根や干物、ヒジキなんてものまで自家製だった。

いま思うと、それはとても贅沢でとても自然な食生活だったのだけれど、あの頃のボクたちは毎日繰り返される同じような食事にうんざりとしていたし、よくわからないレトルト食品やどこからやってきたのか分からない加工食品なんてものを「贅沢」だと考えていたんだ。あのなんとも甘ったるいミートボールとか色鮮やかな炭酸飲料とか。

うんざりしていたボクはある日、魚の煮物に付いていた内臓を「これは食べられるの?」と母にたずねたことがあった。怒る姿をあまり記憶していないぐらい穏やかな母親だったのだけれど、その時はかなり厳しく叱られた。「食べられないものは出してない」と母親はボクに言った。

というか彼女は「捨てるところがない」ぐらい食材を大事に調理していたし、それはあの頃のどこの家庭でも同じことで、貧しいからこそ物を大切に扱い、物に感謝していたということの表れで、キチンと食べること、というか、食材として葬り去れた命に対しての礼節みたいなもので、食べるということ、生きるということの、意味を分かっていたからだろうと、思う。

ボクたちはずいぶんと殺生をして生きているんだ。そんなことぐらいみんな分かっているのだろうけれど、ボクたちがこの手で魚をしめて捌くこともないし、野菜を土から掘り起こすこともないし、だいたいそう言ったものを育てるってこともしないのだから、それが生きていた、なんてこと感じることが出来ないところにいるもんだから、食べ物が、まるで、魔法で出来ているように錯覚している。

あの原型を留めない綺麗に調理された「料理」というものがさらにその感覚(食材が生命であったということ)からボクたちを遠ざける、麻痺させる。

「フォアグラの飼育は残酷」ということで、ファミリーマートの特製弁当が販売中止になったそうだ。
ファミマに「フォアグラの飼育は残酷」と抗議 やむなく特製弁当の販売を中止 - MSN産経ニュース

フォアグラだけが残酷でもないだろうに、とボクは思った。というか、人の命は、その残酷の上に成り立っている。たぶん、その「残酷さ」をフォアグラの場合はみんなが知っているからダメなんだろうと思った。あの育て方が狷辰法躇枉錣世らダメなんだろうと思った。確かにあれは異常で残酷だ。ボクは食べないし、食べようとは思わない。とりあえずフォアグラを食べなければ飢えるってことでもないし、栄養失調で倒れるってこともないのだし。

ボクが言いたいのは、もっといろいろな残酷さが、人が生きるために行われてますよ、ということ。例えばそのガチョウでいえばダウン。これだってかなり残酷な方法で羽毛が刈り取られていたりする。たぶん、ほとんどの人は知らないし、着ているダウンジャケットに使われている羽毛がどこでどういう方法で採取されたかなんてことは、デザインや値段なんてことほどに興味がないはずだ。

生きたガチョウから羽を手で摘むライブ・プラッキングという方法でボクたちが着ているダウンジャケットの羽毛が採取されていて、それがとても残酷な方法だと知ったら、みんなは今回のファミマの弁当のように抗議するのだろうか?

生きた鳥は羽を毟られる痛みに耐え、そして皮まで剥かれのた打ち回る。その剥がれた皮を、針と糸で縫合し、また羽が生えるのを待つ。そしてまた毟り剥ぐ。刈るのではなくて毟るのだ。ボクはこの映像を見た時に吐きそうになったんだ。

食べるという行為よりももっと人の命とは関わりあいの少ない着るという行為にさえ、人は生命を残酷に扱う。でもね、それを完全にダメだとすると、ヴィーガン (Vegan)にでもならなければならないと思うんだ。それはかなり難しいことなのだけれど(実はボクは目指していたりするのだけれど)、そういう感覚をキチンと持つことは出来ると思うんだ。人は生かされているってこと、そして調理されたものではなくて、そのもとの姿を考えて感謝することは簡単に出来ると思うんだ。

きちんと残さず食べるということも、そのひとつだろうと思う。きちんと使うということも、そのひとつだろうと思う。そしてムダなものを買わないことも、長く使えるものを買うということも、感謝のひとつだろうと思うんだ。ボクたちの生活は豊かになったのだから、そういった選択も簡単に出来ると思うんだ。遠い国からやってくる野菜よりも、地元の野菜を買うなんてことも、簡単に出来ると思う。出所のしっかりした製品を選択するということも簡単に出来ると思う。たとえ海辺の街に住んでいなくてもね。

時々、あの時の母親の言葉を思い出すんだ。「食べられないものは出していない」母親は魚の食べられるところは全て食卓に上げていたのだし、それは彼女の手で葬り去られた命への弔いであり感謝だったのだろうと思う。そしてその命の循環の中、それはボクたちが住んでいた海を中心とした世界だったのだけれど、その中にボクたちがいるということを解った上での行為だったのだろうし、何百年も続いた儀式でもあったのだろうと思う。

Lebendrupf von Gänsen in Ungarn - YouTube

ダウンの真相 - パタゴニアのブログ「クリーネストライン」

ライブ・プラッキング

あなたの着ているダウンジャケット、鳥のすすり泣きが聞こえてきませんか?


阿部利樹容疑者の正義
要するにアクリフーズ事件ってのは日本の雇用問題に対するテロだったんだね。

じゃあ、多くの契約社員や期間従業員、派遣労働者なんて非正規労働者にとってはヒーローであって、「よくやった」なんてことなのかもしれない。そして阿部利樹容疑者の正義が実行されたわけだ。もうひとつのアベノミクスってことか。

労働問題は人権問題なんだ。前回も書いたけれど、被差別労働者を固定化するという政策をこの国がやっているということ自体が問題で、結局誰ひとり声をあげないもんんだから政府も経済界も調子にのって非正規という「非」なんて階層を平気でつくり、人権を奪っているということなんだ。

ワーキングプアということが言われて数年になります。働いても働いても年収が200万円にも満たない人たち。何年働いても正社員として雇用されない、それどころか時給も上がらない、という人たちの増加。例えば時給700円で始まって数年働いても100円ほどしか上がらない、という職場も多いはずです。それは雇用問題というよりは人権問題だと思いますし、ここでも何度か書いてきました。

貧困 国民総貧困時代 | トヨタ期間従業員に行こう

勤続8年、手取り12万円、賞与年20万円、そして年齢48歳、準リーダーだったなんて話を聞くと、あべちゃんに同情もしたくもなる、というのがみんなの意見だと思う。

あべちゃんが悪くないとしたら誰が悪いのか?

その答えが解ったとしても、だれもなにも出来ない。それどころが、苛められている張本人を愛してしまうなんて、まるでMかということ、それが問題でもあるし、違った方向へと誘導されてしまっているということをまったく気がつかないってのも問題だと思う。

多くの非正規労働者が今回の事件に同情的であるということは、また同じことが必ず起きるってことで、企業は監視体制を強化するなんてことにコストをかけないで、労働力にたいしてもっとコストをかければ良いだけのことじゃないのか?もうひとりのあべちゃんが現れれば35億円なんて巨額なコストが一瞬にかかってしまうんだから。

無差別テロは許されないことだとしても「戦時中ではどの国でもあるんじゃないんですか」なんてNHK会長が言っているのと同じで、どこの国でもテロなんてのも起きる。まあ、これまでこの国が平和すぎたってことだ。安全はタダでは買えないってこと。これまでは買えたとしてもね。あべちゃんも「ノロウイルス」ぐらいにしとけばよかったのにね…。以下自粛。

阿部利樹容疑者の正義
Twitter / akitakahhhhhh: 太田イオンに正義の味方おるやんけ! http://t.co/ ...

【冷凍食品農薬混入】 阿部利樹容疑者(49) 「給料が安くてやってられない…「時給900円」、社会保険などを引くと「月12万円弱」 | 2ch速報まとめ日記

37: 名無しさん@13周年 2014/01/26(日) 18:19:00.73 ID:TINXG2l30
こんな安い給料で人を何年も使ってたらテロ起こされても
仕方ないと思う。昇給とか無いのかよ。

40: 名無しさん@13周年 2014/01/26(日) 18:19:29.96 ID:+ccvshuN0
マルハニチロも他の企業も本当に意地悪な会社だな
もう12万円なら誰だって暴力に走るよ
50歳で12万円、そして4月から増税
もう日本国内も終わりだな
砥鹿神社で初詣で(2)
今年は立春前に行けてよかった…。
砥鹿神社で初詣(で) | トヨタ期間従業員に行こう

砥鹿神社で、という特別な理由もないんだけれど、場所の持つ力というか方角というか、どうも行ってしまう。「とりあえず砥鹿神社」(ばちあたりか)なんて「とりビー」みたいなことかもしれないなあ…。無事であったことへのお礼参りもしなければ、なんてことも思ったりするので、やっぱり砥鹿神社で初詣で、になってしまう。太郎もセットだけれど。

無事、何もないことが幸せなんだろうね、きっと。変化なんてことは面倒くさいもんだ。このままボンヤリと人生からリタイヤしたいと思うのだけれど、まだまだそれまで世間と関わり合わなきゃいけないと思うと、少しウンザリする。野心なんてものとはもうとっくに縁切りをしたと思っていたとしても、集団にいるとなんだかんだといろいろなことに巻き込まれる。人が人をつくるんだね。

ゆとり世代だけではなくて、非正規社員とか、まあボクたちタクシー業界もだけれど、野心どころか、草食化、いやもう仙人化していて、持家や結婚、それどころか車や外食なんてものまで諦めているというよりは、不必要なものだと思っている。消費増税になったところで、消費しなければいいんだから、そんなもの関係ないって人も多い。

実は非正規社員の多くは現状に満足していて、声を上げることもなく、正規社員になりたいと転職するという選択も怖くてできないのだ。低賃金で使われていることへ何の不満も疑問もないのだから、いよいよ企業にとっては都合の良い人が多くなっているということなのだ。企業というか差別集団となりつつある正規社員の利益のために必要不可欠な集団となっている。だからその代表である労働組合なんてものさえも、同じ労働者であるはずの非正規社員のためには動かない。

また、その被差別集団が抗議をすることもなく、国家や差別している集団に対して従順になっている/いくということになんの違和感もなくなっている、というか差別されることが快感になっているようにも思えたりもする。

ネットなんてもので企業に抗議することはできたとしても、それはただのガス抜きみたいなもので、結局はなにも起きはしない。真の革命家が登場するまでには、新たな水平社宣言で起ちあがるまでには、まだ時を必要とするのか、あるいはこのまま仙人化して格差や差別を受入れるのだろうか。政治も組合も誰も助けてはくれない。好況になり企業の業績が良くなったとしても、企業はそれを社会に還元するどころか従業員にも還元できないのだから、正義はどこへ行った、なんて思ったとしても、国益、企業益なんてものの前にはそんなものはすっ飛んでしまうのだろう。

キチンと雇用問題を解決してくれるヒーローは現れないのかと、なんとか細胞も大切だけれど、そういった研究のほうがもっと重要事なのになあ、雇用政策でノーベル賞を取れよ、なんて、あのあべちゃんの写真を見ながら、なんてボンヤリと考えている。

砥鹿神社で初詣で(2)

今年も大吉。
「あんまり誰か崇拝したら、ほんとの自由は、得られないんだぜ。本当さ。ぼく、知ってんだ」(スナフキン「ムーミン谷の仲間たち」)
豊橋漂流(4)
わかれうた……
道に倒れて名前を呼び続ける誰かがいる中島みゆきさんは幸せかもしれない。

飲んでも飲んでも酒に酔えないのは、酒が強いわけではなくて、この街でいつもなにかに警戒しながら生きているせいだろうと思う。どこかでブレーキをかけてしまう。安全装置が作動する。ひとりで歩いている。誰もいない部屋が恋しくなる。書きかけのメールがまたひとつ増える。

ひとり上手……
あなたの声のする街角に帰る家がある中島みゆきさんは、きっと、それでも幸せなんだろうと思う。

豊橋漂流、どこにも声がする街角がない。どうしてボクはここにいるんだろう。

豊橋漂流(4)
「抱きしめたい 真実の物語」タクシー運転手の本分
道路運送法第一条には「…道路運送利用者の利益の保護及びその利便の増進を図るとともに、道路運送の総合的な発達を図り、もって公共の福祉を増進することを目的とする」とある。「利用者の利益の保護」「公共の福祉を増進する」という道路運送の目的、すなわちタクシーの目的が明記されていて、これによってタクシーの公共性が担保されている。というか、ボクたちタクシードライバーが公共交通を担うことを義務付けられている。

利用者(国民)の「利」のために存在するといってもいい。公共の福祉のために働いているのである。

例えばコロ(1000円未満なんて運賃)の客を粗末にするとか嫌がるとか、老人や病人を面倒臭がるなんてこともあってはならないことなのだ。逆に、そのような客こそ大切にしなければならない、企業の利益以上に利用者の利益、公共の福祉をまず考えなければならないということ、「世のため人のため」こそがタクシードライバーの本分なのだ。

「抱きしめたい 真実の物語」が公開されている。観てはいないのだけれど。
タクシードライバーと交通事故により左半身の麻痺と記憶障害の後遺症を抱えて車椅子での生活を送る女性との出会いと愛の物語らしい。

実際ボクたちが住んでいる街にも車椅子のお客様がたまにいる。ほとんどが自力でご乗車されるのだけれど、その車椅子の積み下ろしはボクたちの仕事になる。たぶん、半数のドライバーは面倒くさがる。積み下ろしだけではなくて、足を踏ん張れないお客様をお乗せしての運転はかなり気を使う。妊婦も気を使うけれど、それ以上に運転が慎重になる。それが面倒だと思うドライバーも多いはずだ。

抱きかかえて、なんてことになると、これまた難しくなる。もし落としたら、もし痛がったら、もしクレームになったら、なんてことを考えると、やっぱり面倒だと思う。それが使命だとしても、介護士ではないのだからできれば避けたい。

でも、きっと、8割ぐらいのドライバーは北川景子さんだったら喜んでやるにちがいない。北川さんほど美人ではなくても若い女性だったらこれまた7割ぐらいは喜んでやるに違いない、と思う。

北川さんは特別だ。あれほどの美人はそうはいないし、あんな美人がこれまたそんな後遺症と障害を抱えて車椅子の生活を送っているなんてこともそうそうはない。そしてそういう不運に遭遇するってこと自体すでに奇跡かもしれない。

そして錦戸亮くんのようなハンサムなドライバーも皆無だ。あんなハンサムなドライバーがいたらきっと指名だけで一日が終わりそうだし、中には貸切でドライブなんて人もいるだろう。そしてあの若さであの美形だったら、タクシードライバーなんてやってない。世間がほっとかないし、女性がほっとかない。

となるとそんなふたりが出会う確率なんてのも奇跡だ。奇跡なんて人生においてそんなに起きるものではない。

でも、起きた。実際はも少しチャーミングな女性と、も少し朴訥とした男性のように感じたのだけれど、若い素敵なふたりがタクシーを通して出逢い、そして出産するという奇跡が起きたのだ。いや奇跡ではないのかもしれない。ボクたちがお客様をお乗せするということ自体、一期一会、奇跡の繰り返しかもしれないと思う。というよりも、つかささんほどではないけれど、ボクたちを必要としている人たちがいつもそこに待っているということなのだ。

それがボクたちの仕事であって、タクシードライバーの本分は、利用者の利益の保護、公共の福祉なのだということを、あらためて考えさせられたのだ。

観てはない、観てはないのだけれど、考えたのだ。

きっと今年はタクシードライバーがもてる年になるかもしれない。それも雅己さんと同じ名鉄タクシーのドライバーがモテモテになるかもしれない…なんて考えるのはきっと不謹慎なことなのだろうけれど、出会うことが仕事で、毎日が奇跡の連続だとしたら、それはとっても素敵なことなんだろうと思った。だからがんばれオレ、そしてがんばれみんな、そこにはつかささんが待っているんだからさ。

抱きしめたい 真実の物語 サンデージャポン

サンデージャポンでの特集を見たけれど、やっぱり泣けたね。

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