トヨタ期間従業員に行こう

トヨタ自動車期間従業員であった筆者が期間工、派遣社員、非正規社員についてや雇用の問題そして1年間にわたる失業生活、その後のタクシー運転手としての日々なんかをぬるめに書いています。

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期間工物語(6)
次の週、月曜日には部ごとに分かれて簡単な訓練をした。スポット溶接機の使い方とか、チップ交換のやり方なんてことを習った。そして火曜日に配属される組に分かれた。それからGL(グループリーダー)の安全教育があり、標準作業書を見てこれからボクが行う工程を文字と写真で確認する作業をした。

次の日にはその工程に入り、先輩期間工から教えてもらうことになった。まだ20代前半のYくんは、愛知県出身でやる気のなさが態度だけではなくて言葉からも感じられた。「ま、こんな感じで」とか「こんなもんで」とかを連発した。そして少し質問すると「適当に」「だいたいで」という言葉を使った。キッチリしていたら時間に間に合わないということもあったのだけれど、彼は既にカンやコツを習得していて、それが数値ではなくて「だいたい」という感覚的な表現になったのだろうと思う。トヨタ自動車と言えども、全てを数値化するのは難しいのだろう。それを「カン・コツ」なんて技術と言ったりもするのだろうと思った。

作業訓練で一週間が終わった。右も左も分からないということはそれだけで疲れる。ボクのいた組には10人の期間工がいた。社員はGLを入れて6人。休憩時間に楽しそうに談笑するということはなかった。休憩所でも沈黙が支配していた。沈黙、というよりも、脳内にドーパミンとかアドレナリンが充満していて、少しハイになっているようでもあった。ライン作業の時間割(ラインタクト)は、平均的な人が出来るギリギリのところで決定されている。余裕というムダは出ないようになっているのだ。集中を強いられる、そして流れるラインに合わせて身体の動きを強いられる。ラインダンスというのは、人の動きからさえもムダを省いた流れるような四肢の動かし方なのだ。それがダンスを踊っているように、繰り返し繰り返し行われる。身体が麻痺する。ラインが止まっても、踊ろうとする人もいる。あるいは夢の中でさえボルトを締めることもある。

そこから開放されるとハイになる。そこに疲労が重なると沈黙こそが気持ち良いことになる。朝もそうだ。身体が予感を始める。いろいろな脳内物質の分泌の準備をする。そして沈黙が始まる。沈黙が癖になる。そして黙っていれば問題は起きない。口は災いの元、なのだから、沈黙こそが組織を維持する最良の方法なのだ。あるいは意図的に社員たちが沈黙しているのかもしれない。不平や不満なんてものも出ない。数が逆転しているのだ。期間工という非組合員、非正規社員のほうが多い組織、集団ではお互いに監視させるという社会主義国家でよくあるような、例えばオーウェルの1984年のような仕組みが最も適しているのだろう。仲良くなることは危険なのだから。

非正規社員のほうが多くなると、これまでにはない管理方法が必要になったのだろう。トヨタは既に大量の期間工を雇用してきたので、そういったシステムは出来ているのかもしれない。そういうものを含めてトヨタ生産方式と言うように思った。

1週間は早かった。そしてまた金曜日がやって来た。ボクたちは週末だけを待っているように思った。そしてその先にある期間満了という日を。それが期間工というものだったのだから。そしていろいろなことも、その日が来るという確約があるから耐えられたのだろうと思う。

雨に散った花びら
管理者の承認待ちコメントです。
- | 2009/08/12 19:22
さっきからイタズラメールを送っている

IPアドレス「 222.5.62.162 」
ホスト名「 wb26proxy03.ezweb.ne.jp 」

の人、携帯会社には一応通報しました。
それと、ご存知の人がいたら警察に通報してください。

イタズラではなくて犯罪ですよ。
田原笠山 | 2009/08/12 19:28
管理者の承認待ちコメントです。
- | 2009/08/12 19:30
僕は工場配属(元町)されて、初日に工場敷地外の厚生センターで配属される課、組、寮が振り当てられました。

隣の人まで10人以上連続で、組立&田中和風寮の組み合わせだったのですが、僕から始まる3人が塗装&田中清風寮だったので思わずガッツポーズした事を思い出しました。

まぁ、どの寮でも住めば都城だし、赴任前にこのブログを読んだ時、田中和風寮に思い入れはありましたが、やはり4日間の受け入れ期間を田中和風寮で過ごした気持ちは正直でした。

その振り当ての時に隣にいた組立&田中和風寮の人とは、それが縁で直は違いましたが毎週の休日を共に過ごしました。

彼は田中和風寮10階のA室に入寮したので、ブログのエントリーで記されていた薄暗い、廊下の音が筒抜けはもちろん、隣の同じA室で窓から財布を取られたらしく、うかつに窓も開けられないと言ってました。

田原さんが高岡に配属された頃は、ライン増設なんかで本社地区一番で忙しかったと思われます。

僕が赴任した時は、高岡は生産ラインが減っていて、高岡勤務から元町に移った期間工の方がかなりいましたし、赴任者の高岡配属も250人中15、6人でした。

GPCで中国からの女性の研修生と基礎訓練をしました。

ちなみに田原さんは、高岡では車体部だったのですか?
御巣鷹 | 2009/08/13 00:36
御巣鷹さん、おはようございます。

なるほど、そういうケースもあるのですね。田原は寮まで決まっていましたけれど。

和風寮は、そうですね、あの窓からの盗難もあったようですね。浴室でのメガネの盗難も多い年だったようで、困るだろうなあ、と思ったことがあります。愉快犯でしょうしね。

それに外からの出入りもかなり自由に出来るので、寮内での不審者情報なんかも出たりで…。

そうそう、高岡の忙しい時期でした。ビッツとかパッソとか…。まだプリウスが1台作れば50万円の赤字だもんなあ、なんて言われてた頃で。

熱中症で何人も倒れて。

車体部?なんで?
田原笠山 | 2009/08/13 09:35
車体部や機械部は、30歳以上の方が多く配属されると聞いたことがありまして、何といいますか、勘です!
失礼しました。笑

そうでしたね。田原工場配属の方は、僕らの時も予め水曜日の夜に、田中和風寮のホールに入寮先が書かれた張り紙がありました。

(仮設かよ〜!)とか、
(お前どこ?2滝?)
なんて言うリピーターの声もあって、とても印象に残ってます。
御巣鷹 | 2009/08/14 00:17
御巣鷹さん、おはようございます。

そんなこと言ってたら期間従業員の半数は車体部や機械部に配属ということになりますよ。

ま、確かに30以上というか40以上になると、ラインには乗る確率は下がるでしょうけれど。ボデーやエンジン、あるいは運搬なんてところが多いのかな。
田原笠山 | 2009/08/14 09:18
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