トヨタ期間従業員に行こう

トヨタ自動車期間従業員であった筆者が期間工、派遣社員、非正規社員についてや雇用の問題そして1年間にわたる失業生活、その後のタクシー運転手としての日々なんかをぬるめに書いています。

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もぐら
へんな話なんだけれど、どうしても人と話したくなる時がある。
いつもは寡黙な日々を過ごしていて、それをなんとも思わないにしても、どうしても直接なにかを伝えたい時があって、どうしようもなかったり。その「伝えたいこと」なんてのは、それほど意味があることではなくて、例えば思い出話だったりで、少しだけ装飾できるボクたちの間の出来事ということなんだけれど。

活字、あるいは、ディスプレイに表示されるドットではなくて、旋律を伴った音。話。

最近のボクはといえば・・・、なにか、というか、うまく表現できないのだけれど、物事を組み立てられないというか、出来事を並べられないというか、そんな感じで、なんというか、断片的な時間があっちこっちに散乱している、というような感じで・・・。そうそう、点でしか考えられないと言うか、線にならないというか・・・。

・・・・・・。

23時、終電の通り過ぎた駅は、クリスマスのイルミネーションの青い灯が、全ての時(昨日、今日、昨日なんていう)過去と未来を撹拌するように瞬いている。夢や希望や悲しみや苦しみなんてものも一緒に。(ボクはしばらくの間、それを眺めるのが日課になっているのだけれど)

「モグラ」とタクシードライバーたちが言う人たちが、地下道や駅の待合室からポツリポツリと現れてはどこかへ消えてゆく。地下道から現れる姿は、ドライバーたちが言うように「モグラ」みたいなのだ。

モグラたちは、きっと、「普通」と言われる生活ではなくて、駅の売店や近くの飲食店で働く人たちだったりする、土日祝祭日とは無縁の人たちだったり、あるいは引きこもりの青年だったりするのだろうと思う。その時間、1日のカーテンコールのような終電の喧騒が終わった後の、撹拌されたドロリとした時間の隙間に現れては消えてゆくのだから、それはやはり「主」とか「普通」とかとは反対の意味をあてられる生活の人たちには違いないと思う。

ボクもそのひとりなんだけれど・・・。

「モグラ」と呼んでいるタクシードライバーたちとて、緞帳の下りた舞台を見ている間抜けな観客のようでもある。果たしてモグラが主役になる時間でもあるのだけれど・・・。

・・・・・・。

お米が届いたり、牛肉が届いたりした。ありがとう。

「誰か逢いに来てくれませんか」なんて思ったりもする。
知人が死んだ。死人が羨ましかったりもした。遠くからなにがなんでも仕事を休んでまでも葬式に参列する。「生きている間に逢いに来れば良いのに」なんて思ったり。そして「そんなに死人が大切なのか」なんて考えたり。ついに葬式にも行かなかったのだけれど、それどころか哀しいとも思わなかった。ボクも死人みたいなものなんだし・・・。

死人みたいなもんなんだけれど、なかなかクタバラナイからタチが悪いのだろうね。

うまく書けないけれど、モグラのような毎日だったりしている。

なんだかどうしようもない文章になったけれど・・・。なんというか、こうして書くよりも、ボソボソと話すと気持ち良いんだろうと思ったり。よく分からないけれど。
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