トヨタ期間従業員に行こう

トヨタ自動車期間従業員であった筆者が期間工、派遣社員、非正規社員についてや雇用の問題そして1年間にわたる失業生活、その後のタクシー運転手としての日々なんかをぬるめに書いています。

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豊橋父親死体遺棄事件で考えたこと
ハンマーで殴り殺し、ノコギリで切断し、クルマで運び、ボートに載せ、重しを肉片に括り、海へ捨てる。

犯罪史上稀にみる残虐な親殺し。この豊橋での出来事だ。

金属バットの距離、1980年に起きた神奈川金属バット両親殺害事件、その頃までは親と殺しの距離はバットの長さを必要としていた。倫理観とか道徳観とか死生観なんて正しさから逸脱できるには、せめてその80センチほどを必要としていた。壊れた心が80センチの距離を超えたとしてナイフで刺す、とか、紐で絞める、とか、直接的な接触はなかった。それほど死は禁忌されるものであり、親は敬虔な存在だった。

それは文化であり、それを教育とか躾という風土が育み重厚に構築してきた。

そうしていつの間にかこの国の殺人事件の5割強が「親族殺し」になってしまった。殺人事件は80センチの関係性の中でおきるようになってしまった。親は簡単に子を殺し、子もまた躊躇なく親を殺す時代になってしまった。

高度成長期が終わって、例えば1980年という時代から、ボクたちはムラ社会を離れ個の社会を好むようになり、親族の関係が以前よりも深く重く濃いものになった。そうして中心はムラや国という広い空間や時間を離れ、家族という単位にかわった。わずか30坪ほどの世界観、その狭い空間の中での他者との関係性。ボクたちはその中で存在する。ボクたちの存在を脅かすものも、否定するものも、攻撃するものも、その中にいる。その中にしか見いだせなくなる。近親相姦と近親殺人、親殺しと子殺し、すべては自己のために、自己の生存のために行われる。それが動物本来の姿なのかもしれない。

そうしていよいよボクたちは超個人社会の住人となって、今度はもっと身近なネットの中に家族を求め殺そうとするのだろうと、考えているのだけれど。

田原市 姫島
田原市 姫島

60代父親の遺体を三河湾に沈めて遺棄 息子逮捕 一昨年から行方不明 愛知・豊橋市 (東海テレビ) - Yahoo!ニュース

いまや殺人事件の5割超 「親族殺し」なぜ増加している?|社会|ニュース|日刊ゲンダイDIGITAL

神奈川金属バット両親殺害事件 - Wikipedia
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