トヨタ期間従業員に行こう

トヨタ自動車期間従業員であった筆者が期間工、派遣社員、非正規社員についてや雇用の問題そして1年間にわたる失業生活、その後のタクシー運転手としての日々なんかをぬるめに書いています。

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田中和風寮
ちょうど3年前の話。2004年の春、聖心清風寮の桜はかろうじて残っていて、それだけがボクの気持ちを、ほんの少しだけ優しくさせた。ボクの人生が少し方向転換した年のこと、そしてボクが初めてトヨタに来た年のことなんだ。このブログの2006年分とかに田中和風寮の写真が使っていて、それは誰がどのように写したか、なんてことを聞かれたことがあったんだけれど、あれは実はボクが田中和風寮に住んでいた頃、2004年に写したものだったんだ。

田中和風寮
2004年は猛暑で、工場入口の温度計が一直の入場時に30度近くあった朝もあったんだ。その年、あの堤工場での災害もあって、少しだけ、いつもと違った年だったのかもしれない。

その春、ボクは初めてトヨタ期間従業員に来たのだけれど、ボクの身の上に起こった様ようなことについて気持ちの整理もつかないまま、退職、引越し、期間工ということをひと月少しの間に、何かに取り憑かれたように、そして儀式のように、淡々粛々とライン作業のように行なった。何かを考えていたということではなくて、やはり何かに動かされていたというようなカンジの日々だった。

多くの期間従業員がそう感じるように、やはり「来たぞ」という高揚した気持ちではなくて、「とうとう来たか」なんていう少し落胆した気持ちで、あの聖心寮の受入れ教育会場に座っていた。そして多くの期間工がそうであるように、ストイックな期間工生活を望んでいたし、その生活のための道具一式はKarrimorの40リットルのザックひとつだけで、宅配便での荷物もなかったんだ。それは、今考えると、その春から十数年前のニューディリー空港に降り立ったボクと、ダブっていた、ように思う。期間従業員という場所は、ボクにとっては、通り過ぎるだけのところのように感じていたし、目的地は、というか、ボクには帰る場所があったのだし、そこが最終目的地ではなかったからなんだ。

高岡工場に配属されたボクの入寮先は、あの伝説の田中和風寮だった。「あの」ということは、その頃は知らなくて、そこに住むようになって分かってきたことだったんだけれど、初めのころは、こんなものかもしれないと、そしてたかが半年だからと、思っていた。それに、個室になったのは十年ぐらい前からのことで、それまではどこの期間工にしても相部屋が普通だったから、ボクにとってはそれほど田中和風寮の特殊性みたいなものを感じることはなかったんだ。

金曜日の高岡工場での作業訓練が終わったあと、ボクたち田中和風寮入寮者は寮のロビーで入寮説明を受けた。その日がボクが6ヶ月住んだ、あの階のあの部屋の第一日目だった。

ボクの部屋はA室で、通路側の小さい窓しか開かない昼間でも薄暗い場所だった。思い鉄製の扉の音が開閉するたびに部屋中に響いた。その拍子に天井裏に住み着いているのだろう何かの臭いが届いてきた。

2006年からは、受入れ寮、受入れ教育会場となっているので、ほとんどの人が田中和風寮がどんなものであるか知っているのだけれど、そしてそのために、寮の住人の数も減っているのだけれど、あの頃の田中和風寮はほぼ満室状態で、同じような境遇の人たちがいるということが、少しボクたちを安心させた。それでも同じ境遇の者同士という意識よりも、黙って溜息をしあうというということで、ボクたちは微妙な苛立ちのバランスを保っていたように思う。

ボクの部屋にはB室にMさん、C室にTさんがいた。ひっそりと、信じられないぐらいひっそりと暮らしていた。あの年、思い出すたびに泣いてしまう、あの日々のそしてあの部屋の思い出は、11階の通路から見た水平線に沈む夕陽のように、ボクの中では乾いたものとなっていて、それを潤すように、涙が流れてしまうのだろうと、思っている。それでも、記憶は永遠に潤されることはないと、思っているのだが。


たまに読ませていただいています。

いろいろと辛い経験をお持ちのようですね。

私も仕事柄、更新がしばらくできなかったのですが、

私のサイトにもたまには顔を出してくれると

助かります。
orikawa | 2007/04/01 20:58
自分も田中和風の住人でした。
期間は、04年の6月中旬から半年の間。
黄直だったので、A棟の10階のA室(つまり通路側)でした。
管理人どの、高岡配属だったとは!
そう、僕もなんです(笑)。

あの当時は、高岡寮の改装工事の為に殆どの入職者が田中和風に入れられていたんでしたっけ?
入寮リストを見ても8割以上が田中和風だったし。
そして、高岡寮の改装工事が同年秋に終え、改装後の同寮は快適になったとか…。

話が変わりますが、アリビオ聖心や同大林に住んでいる期間の方々も羨ましい…。
その寮は、最新の設備が揃っていて、例えば各部屋ごとに「洗面所」「地上ハイビジョンテレビ」「ITキッチン」などが配備されてると。
田原地区はそういう寮の建設予定はないのかな…。
アリビオよろしく、レクサスの工場の寮に相応しい寮を望んでいるのは僕だけではないと思います…愚痴スミマセン。

ここでは関係ない話だが、ある意味関係ある話を一つ。
さっきニュースの中で、横浜ベイスターズの工藤投手が報道陣やテレビカメラの前で頭を下げて、車に乗り込む姿が映し出されましたが、その車なんと我が工場製のレクサスGSではないですか!
自分もレクサス3車種の某部品の仕上げを担当してますが、意外な方がレクサスを購入して下さってるのを見て、誇りを感じました。

最後は閑話休題な話で申し訳ありませんでした。
乱文失礼しました。
吉胡寮6棟住人@実家(年休) | 2007/04/02 00:58
こんにちは

>orikawaさんへ
えっと、orikawaさんのサイトというと…どこなんでしょうか?

>吉胡寮6棟住人さんへ
ボクは桜のまだ残っている春からですから、少し早いかな。それに階も少し下ですよ。そうそう、田中和風寮が満杯状態で、それでも9月には売店が閉店して、その頃、食堂が開店しましたよね。今の教育会場の場所に。

ま、寮は、半年間のために、と思っているんじゃないんでしょうか?老築化のために建直すときが来たら、全寮アビリオになるかも?

GSですか。メルセデスじゃなくてトヨタなのは…、でも、ヨコハマに行ったのだから、日産になるかも、って、ベイスターズとは関係ないのかなあ。
管理人 | 2007/04/02 12:36
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