トヨタ期間従業員に行こう

トヨタ自動車期間従業員であった筆者が期間工、派遣社員、非正規社員についてや雇用の問題そして1年間にわたる失業生活、その後のタクシー運転手としての日々なんかをぬるめに書いています。

盆帰り
「おどま盆ぎり盆ぎり、盆から先ゃおらんど、盆が早よ来りゃ 早よもどる」というのは、五木の子守唄でしたか。悲しい歌ですよね。

昔、熊本の五木村周辺の山間部に住む人々の生活は厳しくて、子供も10歳にならないぐらいの時に奉公に出されたと聞きます。奉公と言っても、食い扶持を減らすためのものですから、給料もないような雇用契約だったようです。子守として奉公に出された娘たちの悲しい物語が、この五木の子守唄です。

大分の海岸

お盆までの期間従業員ということもあるでしょうが、「お盆になったら帰省できる。もう来たくないよ。」というのが、娘たちの思いだったのかもしれませんね。それが「盆ぎり、盆ぎり、盆から先はおらんど」となったのだとボクは考えています。きっと、お盆休みが終わっても、また親元を離れて子守の仕事をしたのでしょう。

熊本県・五木村公式ホームページ

お盆や正月までというキリの良い期間での奉公というのが一般的だったのかもしれません。女の子だと子守や家事の仕事、男の子だと商店の丁稚や力仕事もあったことでしょうね。

なにも期間従業員というシステムは今に始まったことでもなく、自動車工場だけが「絶望」するものでもなかったのです。そしてそう古くない過去には、集団就職なんていうものもあり、中学校を卒業すると故郷を離れ都会へと就職したのです。その頃までは、このような就職が個人の目的のためではなくて、家族のための「口減らし」ということ意味合いも持ってたのだろうと思います。仕送りもしていたのでしょうから。

正月やお盆というと、そういった地方から働きに来ている人たちにとっては、「盆ぎり、盆ぎり」と考えてしまいたい日々だったのでしょうね。なにも五木の子守唄の時代だけではなくて、その頃も、そして、今は出稼ぎや期間工といった現在の年季奉公の人たちにとっても、五木の子守唄は歌われているのだろうと思います。

「おどんが打っ死んだちゅうて だいが泣いてくりゅうか うらの松山蝉が鳴く」

さて、その盆の帰省ですが、ゴールデンウィークは高速バスで帰りましたが、今回は「青春18きっぷ」を使って往復しようと思います。これだと、往復で1万円強ですから激安です。ただ普通車しか乗れませんので、時間はかかります。20時間以上はかかると思いますが、仕事をしていると思えば、冷房の効いた車内で本でも読みながら過ぎ行く20時間なんて…と思っています。

「盆が早よ来りゃ 早よもどる」
トヨタのお盆休みは8月12日からです。
最終便に間に合わない日曜日
ぐるりんバスの最終便は童浦線、田原駅19時12分発片西行きです。それに乗り遅れると寮にはタクシーで帰るか、自分の足を使って帰ることになります。寮のある西浦からは、土日は西浦循環線18時35分と最終便19時28分ですが、平日は童浦線のみなので17時34分が最終便となります。

ですから、バスで寮まで帰ろうと思うのなら、18時35分の田原駅行きに乗って、19時12分の駅発最終便ということになります。

田原港に下ろされている貨物
テポドンではなくて、室蘭からやってきたらしいブツ

休日2日目も何もしませんでした。今頃になって少し後悔。Yちゃんはサマーフェスタに行きたそうでしたが、降りそうな天気だったし、なんだか何もしたくない気分だったので。Sくんが14日で満了なので、滝頭まで行きたかったのですが(先週もそう思っていました)結局行けずに、16日に帰るそうなので見送りには行こうと、そしてご飯ぐらいは一緒に食べたいと思っています。

いろいろあったSくんなのですが、無事に満了を迎えることが出来て、他人事ながらうれしいです。きっと彼なりに何かを見つけた期間工生活だったと思いますし、この半年間がきっと彼の将来の何かの役に立つことだろうと思っています。

もうしばらくすると、同期で任期延長しなかった人たちもいなくなるので、これからはだんだん寂しくなるのだろうと思っています。まだ季節が暑い時期だから、それほどまでは、その寂寞とした感じはないのですが、秋になって冬に向う季節だと、まわりの風景も手伝って一層寂しさが増すのだろうと思います。

Yちゃんもいなくなるから、食堂も独りで行かなくちゃな〜なんて考えると、延長しなきゃ良かったなあ〜なんて少し弱気に…。

最終便が出てしまった後のバス停で、時刻表を見ている、そんな感じがする日曜日の、最終便が出てしまった夕方なのです。
期間従業員の正しい3連休の過し方
明日から海の日3連休です。もうすでに予定を組んでいて寮に帰ると風呂に入って、ぐるりんバスに乗って、あるいはタクシーで駅まで行き、名古屋なんかに向った人もいるのでしょうね。「さて何をしようかと」考えているうちに、睡魔が襲ってきて寝てしまった人もいるでしょうし、「いつもの休日と変わらないもんね」なんて人もいると思います。

「夏休みの帰省でお金がいるから、この連休での出費は抑えるもんね」という人が多いかもしれませんね。特に家庭持ちの人は、自分独りで楽しむよりも、家族一緒にと、この時期の出費は極力少なくしていると思っていますが?

それに暑いですから、あまり外に出て体力を消耗するのも避けたいですから、やはりそうなると、寝3連休という人も多いのかもしれないですね。

三河湾に沈む夕陽
そして笠山から登った太陽は(下の記事の画像)姫島へと沈むのであった。

そこでボクが考えた「期間従業員のための節約旅行コース」です。(田原工場赴任者用ですが、他の工場の人も参考になるかも)

(1)穂の国ワンデーフリーきっぷコース
豊橋鉄道の「穂の国ワンデーフリーきっぷ」1100円を利用。
伊良湖岬や豊川稲荷、市電での豊橋市内観光など、豊橋、豊川と渥美半島を知りたいという人向けです。1100円でこれだけ回れるというのがスゴイ。

(2)名鉄まる乗り1DAYフリーきっぷコース
上記切符と名鉄の「まる乗り1DAYフリーきっぷ」3000円、合計4100円
「 名鉄電車全線(モノレール線含む)1日乗り放題のおトクなきっぷです。昼間帯の特急特別車も乗り放題!」ですから、岐阜城(金華山)や、焼き物の里瀬戸や常滑、知多半島、名古屋見物、一日乗り放題でこの値段です。

(3)名鉄電車2DAYフリーきっぷコース
上記切符の2日版です。料金は3800円。3800円で名鉄に2日間乗り放題になります。
名古屋に泊まって夜の名古屋を満喫したい方や、じっくりと名鉄沿線を見物したい方向け。ただし、穂の国ワンデーフリーきっぷは当日限りですから、田原駅から豊橋駅までは片道づつ買いましょう。

(4)3・3・SUNフリーきっぷコース
5000円で 名鉄・近鉄・南海の3社が連続3日間乗り放題です。
これを使うと大阪や和歌山、三重、奈良などへ行けます。電車・バスを利用して、かなりいろいろな場所へと行けますから、3連休なんて「あ」っという間に過ぎることでしょう。

以上、4案を出させてもらいましたが、ボクは奈良に行きたいので、(4)のコースにするかもしれません。奈良の宇陀郡辺りの山間部は夏でも涼しいかもしれませんし、国宝室生寺を見たいと思っているんです。ま、やはり節約しなければなりませんので、泊まりは野宿です。しかし、野宿して風邪ひいたりするといけませんので、(1)のコースにして、豊川稲荷に参拝してバスの車窓から渥美半島を眺めるのも良いかもしれませんね。

その前にいつもの休みの日みたいに、起きたらお昼過ぎなんてことにならなきゃいいですが。お昼過ぎに起きると、もう一日終わったようなものですもんね。

では、みなさん素敵な連休を。
期間従業員の盆休み
いよいよ明日出勤して終われば連休ですね。とはいえ日給月給の期間従業員にとっては、休みイコール無給ということなので、少し複雑な気持なのかもしれません。

そういえば昨日は水曜日、トヨタ田原工場への配属者が来る日だったのですが、ボクの住んでいる田原寮にも何人かやってきました。入社後すぐに連休なのですが、この連休土日を二度含んでいますから、出勤日では5日間の休みだけということになります。その分、今入社すると特別手当10万円が支給されるとかで、連休がすぐにあるとはいえその手当のほうが働くよりも多いですから、「行くなら今」と思った人もいたのでしょうね。



お盆休みについてはひと月前に書いていましたね。トヨタ期間従業員に行こう | 盆帰り

この時に書いたとおりに18切符を利用して帰省します。今週が一直ですから、仕事が終わったら(なんでも終業後交通安全総決起集会があるそうで)仕度をして電車に乗ろうと思っています。

同じ組の人たちも、帰省する人、旅行する人、寮に残ってゲームをする予定の人、パチンコをする人…。休み中は食堂が夕食だけになりますので、パチンコで負けてしまって、毎日夕食だけで生きていた、なんてならないように。(ゴールデンウィークの時に、すってんてんになって、寮の食堂で17時に食べて、それから閉店前に食べて、日中水飲んで寝ていた、なんて人もいましたから。すごい話ですが。)

今日も寮に帰ってから、洗濯したり部屋の片付けをしたり(連休中に部屋の点検があって、4Sが出来てない人には「指導」があるそうです)、荷物を詰めたり…。

「旅」という言葉にはどこか魅惑的なところがありますよね。これが「旅行」だとキチンと計画され、それを消化するというニュアンスがあって、「ツアー」なんてのに至っては、その消化こそがキモ、ってなところでしょうか。「旅」には「冒険」という言葉のヴェールが薄くかかっているように感じます。

明日、電車に乗ってしまえば、またこことは違った時間があるのだろうと思います。それはパチンコ屋に居てもそうだろうし、ゲームをしていてもそうなんだろうと思っていますが…。
夕立のあと
17時30分のぐるりんバス臨時便に乗ってから20数時間、青春18きっぷの旅は折り返し点に着きました。ぐるりんバスも期間従業員の帰省を見込んでなのでしょうね、17時38分の堂浦線とは別に臨時便を出したようですが、それでも満席になるということもなくて、どうせ出すのならば同じ時間帯ではなくて時間をずらすとか、西浦循環線を金曜日に運行してほしかったと思いました。

ということで、18時7分発の新豊橋行きの電車に乗って、19時前にはJR豊橋駅に着いたボクは、帰省客で込み合うみどりの窓口で少し並んで、無事に青春18きっぷを購入、19時07分発の新快速にも乗ることが出来たのですが、窓際の席が空いてなかったのと、予定よりも1時間早かったので、KIOSKであさり煎餅、名古屋手羽先パイをお土産として買い、ホームへ向かいました。



19:36 豊橋駅発
豊橋駅発米原行き新快速乗車
帰省時期と帰宅時間が重なっているので、どの駅も込み合っていましたが、結局この行程すべてで座ることが出来ました。電車に乗ると、その日の仕事の疲れや安心やらで眠ってしまいました。それでも、寝ているというか、起きているようでもあり、そんな状態の中で米原に着いたという感じでした。わずか(「わずか」というのは、こうして書いているときに感じことであって、乗っている間は長かったり短かったり)2時間、やっとホットタイムってな感じもしたのですが…。
21:36 米原着

21:37 米原発
長浜発網干行き新快速乗車
米原に着くと、同じホームに網干行きの列車は待機していて、そのまま駆け込むように乗車、同じように帰省客なのか、旅行客なのか、荷物を持った人たちも走る。「師走」というか、ま、「期間工走」ってのが盆かもねえ、なんて考えたりで…。電車の中では久しぶりに「娑婆」を感じたり。それは「匂」なのかもしれませんね。
0:05 姫路着

0:05 姫路発
姫路発上郡行き普通電車乗車
予定では22:17米原発0:42姫路着の快速電車で、終点姫路から先の電車は翌朝5時までないものですから、姫路泊(駅泊ですが)という計画でしたが、姫路に着いた時にまぜか0:03発の上郡行きの普通列車が待機していて、そのアナウンスがあったので、この電車に乗りました。

さりとて上郡に行っても、翌朝は姫路始発の電車に乗ることになるので、先に進むことにたいした意味があるわけではないですし、その前進が無駄だということのほうが大きいのですが、なぜだか「前進あるのみ」のように思うのはボクの性格的なものなのか、列車やレールを見て「ラインは終了してない」と思ったことに起因するものなのかは、分かりませんが、それに旅人は終点と国境が好きということもあるかもしれませんが、とにかく上郡行きに乗ってしまいました。

数年前、やはり18きっぷで旅をした時、上郡に泊まったことがあったので(と言っても、川の側での野宿ですが)なにか因縁みたいなものを感じたのです。そういう思いや、「またか」という感じもあって、上郡は避けてその前の有年駅で降りました。
0:2? 有年駅着

実はこれまた有年駅にも縁があって、まったく初めてでもなかったのですが、降りてみるとやはり国道2号線から聞こえる大型トラックの音だけという状態でタクシーも停まっているわけでもないし、コンビニもないので、どうしたかというと、ボクは国道2号線を今来た方向へ歩きだしました。近くの大きな街と言えば相生です。深夜のR2をテクテクと歩く姿こそ、それはこの国から消えて久しいヒッチハイカー(今もいるのでしょうが)、あるいは遠くカイラス山やシナイ山をめざす巡礼者の姿を、ボクは自分に重ねていたのです。(てかそうでも思わないと、辛いからねえ。怖いし。)

2:30ごろ 相生駅着
怖いのは夜道とか幽霊とかではなくて、車なのです。国道、それも深夜の2号線なんてのは、大型トラックが我が物顔で走るので、それが怖いのです。その恐怖から逃れるために市道を通ったのですが、こんどは道がどこにあるのかどこに向かっているのか分からない暗黒の恐怖というのが待ち構えていて、それはそれで怖かったのですが、ま、夜が明ければ全てが解決されると思い、その方向へと歩きました。実は(「実は」が多いですね)この道もはじめてということではなくて、遠い昔に自転車に乗って通りすぎたことのある風景なのですが、その話は改めて書くとします。

相生駅に着くと先客一名さま爆酔、いえ爆睡中。ボクもその隣でリラックス。しかし、ま、そう簡単に寝させてはくれませんで、先客やそれと同じぐらいにしつこい蚤や蚊なんてものに、邪魔されて、結局寝たのか寝ないのか分からない状態で朝を迎えました。

5:51 相生駅発
姫路発岡山行き普通列車乗車
姫路始発の普通列車はボクと同じように18きっぷで旅をしているであろう人たちもいたのでしょう、かなり早朝の便とはいえかなりの人が乗っていました。ボクは、昨日の寝不足と疲れから、乗った途端に眠くなり、岡山に着くまでの一時間は夢のなかでした。口を開けて寝ていたという感覚があり、それが少し恥ずかしかったのですが。
6:57 岡山着

7:00 岡山駅発
岡山発糸崎(だったか白市だったか)行き普通列車乗車
糸崎、白市と言う町について、知らないという人が多いのかもしれないですが、列車で旅する人にとっては、始発の町、乗り換えの駅として有名なのかもしれませんね。普通列車の旅をする時にしかボクは降りたこともなければ、その名を見たこともないのです。

9:03 糸崎着だったか、8:25 白市着だったか
「え、どっちだったっけ」と、今これを書きながら、そして時刻表を見ながら書いているのですが、糸崎連結、白市乗り換えというよになっているのですが、確か白市で前4両が下関行きで、後ろ4両が広島止まりだったのは、ハッキリと覚えているのですが、それが糸崎だったか、白市だったか。確か山の風景だったので糸崎?改札口から見えるタバコの自販機は糸崎?

9:15 白市駅発
白市発下関行き区間快速乗車
やはりどうも白市だったような…。というのも、この下関までの最後の乗り換えでの待ち時間が十数分あって、その間に階段を上って向かい側のホーム、改札口の横にあるトイレに行く人がかなりいたこと…。

ま、それはさておき、「下関行きに乗ればもう九州も近い」なんて思っても、まだ午前9時、下関までは5時間ほどありますから、まだまだこれからというのが正しいのでしょうね。その間ボクは車窓からの風景を見ながら、一冊の本を読んでいました。「異才の改革者 渡辺崋山」、今回はその一冊だけを持ってきました。

読んでは寝て、寝ては風景を見て、そして寝て、読んで、寝て寝て…。仕事の疲れを引きずったまま、睡眠不足も手伝って、意識は朦朧としていたところもあり、夢なのか現実なのかということもあって、十数時間の列車の旅は夢幻の如くなり…。旅は日常からの離脱なんてことを言いますが、寝るということと起きているという境目の感じなのかと、薄々感じるのだけれど…。
14:21 下関着

14:22 下関発
下関発新田原行き普通列車乗車
いよいよ関門トンネルを抜けると九州上陸です。この分かりやすさが良いと思う。門司に着くと、そこはどこか懐かしい風景で、空の色や雲の形までもが、昨日まで見た田原市のものとは違って見える。ここからまだまだボクの住む街までは数時間必要なのですが、もう帰ってきたという感じになっていました。

夕立のあとだったのでしょうか、向こうに見える山からは虹がかかっていて、それがなぜだか一段と懐郷の情が増す思いでした。あんなに大きくてきれいな虹を見たのも久しぶりのように感じました。虹という存在も忘れていたのかもしれません。

きっとボクだけではなくて、多くのひとがその虹を見ていて、「九州ってのは虹が綺麗なところなんですよ」なんて言うのかもしれませんね。

それから家に着くと、カレーの匂がしました。「またカレーかよ。寮や会社の食堂で毎日食べてるのに…」なんて心の中で呟きましたが、どこか違う匂いがしました。夕立のあとのあの土の匂いに似た、いえ、その匂こそがその街自体の匂なのだろうと思いました。
ふるさとの山に向かひて
列車の車窓から故郷を感じるのは、そこにある山を見ることからなのかもしれませんね。今回帰省しまして、関門トンネルを抜けて見える風景、それは山々の容そのものであったように思います。太古の昔から連綿と続けれらた帰郷や望郷ということは、その山々の容を見ることや思うことであり、そして過去の人々の(それには幼い頃の自分も含むのですが)の幻を見ること、なのかもしれないと思っています。車窓から山を見る、ということ自体が過去への問いかけであり、存在の確認だと言えるかもしれませんね。


実はボクの生まれたところも田原ににているよう思う

原風景と言えるものは故郷の山々の容であるのかもしれません。それ以前の記憶は、それはきっと海であって、母胎なのだと思っています。海は母、父は山、なんだろうかと、考えています。(そんなことは、とうの昔に語り尽くされていて、ボクが無学なだけかもしれないのですが)

「過去の人々の幻を見ること」が、昨日書いた「日常との離脱」要するに現実からの離脱という旅の目的というか、人々の旅に対する欲求そのものなのでしょう。時として旅が歴史のトレースという場合もありますから、風景に幻を見るということは、それほど意識しないにしろ行われていたりするのではないかと思っています。山や海を見て、過去の人々と向き合う。帰郷というのは、過去の人々が父だったり母だったり、同級生だったり、別れた彼女だったり、そしてその幻という映像の背景にはその山や海がある。これが起きているような寝ているような状態なのでしょうね。

帰郷とは、霊体験と言ってもいいのでしょうね。その現実離脱した時間の中で、ボクたちが見ているのは、過去という幻であるのですが、それを誘うのは風景であり、それは自然という巨大な仕組みなのでしょう。仕組み、構造であったり仕掛けであったりなんでしょうが…。

ボクが田原寮で笠山や蔵王山、姫島を見ていろいろ思うのは、やはり過去の人々、トヨタ期間従業員として田原工場に勤めた人々との対話をしているのかもしれないと、考えています。その「いつもの風景」は、ボクたち現役や元期間従業員にとって、トヨタでの生活の父なる山、母なる島なのかもしれませんから。

あるいはお盆ですから、ボクになにかが憑いてこういったことを考えさせているのかもしれませんね。幾千もの霊が(それは死霊であったり、生霊であったりするのでしょうが)ボクを霊媒として期間工の生活や思ったことなんかを喋らせている…なんて考えるのも、きっとお盆だからでしょうか。(あ、いえ、それと、決して靖国問題にかけているわけでもありませんから:)

『ふるさとの山に向かひて言ふことなし ふるさとの山はありがたきかな』
山の存在そのものが、自分の存在そのものなのかもしれないと思ったりもします。

#中年Hさん、どうもありがとうございました。
場所がない場所
17日、お盆休みも後半になると、憂鬱になってくる。木陰でうつり行く雲を見ているような毎日。田原での時間とは明らかに違う時の流れ。それは「時」というものが、長い短い、軽い重い、多い少ない、濃い薄い、早い遅い…などとは少し違うもので、満腹感がご飯によってもたらされるか、パンによってか、という違いみたいなものなんだ。

今日は燃えるごみの日だったので、朝早く起きて、散歩がてらゴミ出しに行きました。台風が来ているようで、そんな感じの雲が空に広がっていました。夕べはコメントを書いた直後に買い物へ。「曇っている」と書いたのですが、実は晴れていて夕陽が綺麗な一日の終わりでした。


隙間から見える夕陽

車を運転していて、その綺麗な夕陽を写そうと思うのだけれど、場所がない。車を停める場所がないのと、見えていた夕陽がビルに隠れるので、写す場所がないのです。電気屋の駐車場に停めて国道を、今来た道を少し引き返す。それでも建物が邪魔をする。刻々と過ぎ行く時間、それに合わせて沈む太陽、どこに行けば良いのか迷う。なぜ来た道を引き返したのかと自省。夕陽を探すのではなくて、ビルの隙間を探していることに気がつく頃には、太陽はもうすっかり姿を消した後。来た道を引き返す。電気屋の駐車場。

「場所がない場所」というのは、かなりボクたちの生活の中にはあって、それはただ単に混雑していてない場合もあるのだろうし、また反対に広すぎる広野にひとりいるような場合もあるのだろう。要するに自分に適した場所、自分の場所というのはどこにでもあるわけではなくて、場所がない場所をさ迷いながら探しているのだろうと思いました。

それでもその場所を探し当てたとしても、こんどは座り心地の良い椅子なんてのを探し始めるのでしょうね。電気屋の駐車場に戻ってから、その電気屋で少し買い物をしました。それから、古本屋に行って明後日列車の中で読む本を買いました。それから家に帰って、遅い夕食。

そんな昨日の夕方のことを思い出しながら、17日の朝、近くの川沿いを散歩しました。台風は九州に上陸するらしくて、雲もそんな嵐を予感させるような激しい形のものでした。ラジオ体操というのはやっていないのでしょうね。どこからもそれらしき音楽は聞こえなかったので。子供の頃の夏休みのことなんかも思い出しながら、ボクは家に帰りました。
別れのしかた
九州に上陸した台風は昨夜来から激しい雨と風で、ボクの睡眠も妨げたのですが、今はどこにいるのやら、台風一過というのではなくて、きっと台風の目の中にいるのではないかと思っています。それとも速度を上げてすでにどこか行ってしまったのか。いえ、やはり今、上空にいるようですね。

お盆休のUターンラッシュは過ぎてしまったのでしょうか。トヨタ期間従業員や、そのトヨタ関係での出稼ぎの人たちは今日ぐらいから、戻ったり、行く準備をしているのでしょうね。ボクも明日の午後には列車に乗るので、今日が最後の日となりました。激しい風や雨も、ボクにとっては悲しい音楽のように聞こえます。


JRのポスター「日本の旅は列車です」

別れのしかた。

ボクは電車で行くのですが、夜行バスや高速バス、飛行機、自家用車なんて人もいるのでしょうね。どの別れも悲しいものなのでしょうが、思うのですが、バスの分かれというのが一番悲しいのではないかと。

なぜかと言うと、普通そういった乗り物での別れというのは、乗り物が出発した時点で別れる人とそれを見送る人との距離が確実に開いていくものです。それはもう圧倒的で、ふたりの意思なんてのに無関係に、「じゃあね」なんて感じであれよあれよという間にふたりの距離はもう走っても届かない距離になってしまいます。

ところがバスなんてのは、バスターミナルを出発したら、その角には信号機があって、「さよなら、また冬にね」なんて泣いて別れた彼女や彼が、その信号で停まったバスを追い越すということがよく起こります。その角に信号がなくても、見送る人にその意思があれば次のバス停で待っていることもできたり。ですから、バス停での別れは、追いかけてもう一度顔をみたいという気持ちを、グッと押さえてその別れた場所に数分間留まらなければならなかったりする勇気なんてのもいったり。

バスターミナルは繁華街にあったりするので、そういったことがよく起こるように思います。いつまでもバスと並行して歩いてくる彼女や彼、あるいは奥さんやお子さんの姿を見ながら、手を振りつづけるのでしょうね。それが窓際の席ならまだいいのですが、そうでなければ、窓際の人に「すみませんね、すみませんね」なんて謝りながら、いつまでも変わらぬ信号機を恨んだり…。介錯人のいない切腹みたいなもの、かもしれません。

バスターミナル、夜8時。さよならという言葉を使うことへの躊躇い。ギリギリまで引き伸ばした時間は、ここになって歪んでくる。出発の合図と同時に、別れは決定的なものになる。

もう手の届かない場所にいることがワカレなのだろう。そして信号機に停まる。それでも手は届かないのだけれど、そのバスの前に身を投げ出せば、きっと…。信号が赤から青に変わるほどの時間。それがふたりの別れなのだ。

と、ま、詩人でもないボクにでも、そういった情景は浮かんでくるほど、バスの別れというものは、どこか辛いものがあるように思いました。

きっと、今晩や明晩の名古屋行きの夜行バスは満席で、臨時便も出ているのかもしれないですね。
ムーンライト九州に乗って
博多発20時39分のムーンライト九州に乗って大阪へ、そして米原、大垣、豊橋、田原と戻ってきました。大阪には6時34分に到着するので、10時間の夜行列車の旅です。ほぼ満席で、眠れないまま姫路に着くころには空が明るくなり、そうなると戻って来たという感覚になって、もう旅という非現実的な思いもどこかに吹っ飛んでしまい、仕事のことなんかが少し頭の中に横切って、そして身体も少し忙しく動かしていたりして、豊橋に着く頃には、もう期間工としてのボクに変身してしまったようで…。


ムーンライト九州

それでも手を伸ばせば届くぐらいの位置にある思い出を、もぐら叩きの感じで手繰り寄せては、「いかんいかん」なんて独りごちたり。田原に着くと、昨夜から食事らしきものをとっていないことに気づいて、ジャスコに。サラダ巻きとかインスタントラーメンとかを買って、また田原駅に戻り、12時59分発の童浦線に間にあったのだけれど、13時10分発の西浦循環線に乗って田原寮に戻りました。

ムーンライト、いいですね。月明かり。夜行バスとは違った感じ。それは、「夜店の感じかなあ〜」なんて思っています。快速普通電車ですから、各駅に停車するわけではないのですが、停車駅には10分とか15分とか少し長い時間停車しているので、売店に行って買い物をしたり、煙草を吸ったり、写真を写したり、それが祭りの夜のようにも思えました。

それに、ある種の連帯感みたいなものがあって、それは新幹線や飛行機では得られないもので、「祭りの開放感みたいなものかな〜」なんて感じたのです。ボクのまわりの人はほとんどが18きっぷ利用者でしたから、そういったことも連帯感みたいなものを感じさせる要因なのかもしれませんね。


ムーンライトの旅は姫路で夜が明けた

昔だったら…、まだその連帯感みたいなものがあって、いろいろな情報が交換されたりしたのでしょうね。今はそれぞれがネットの情報を集めていて、それは昔だったら収集不可能な位の情報量だったりするのでしょう。その情報収集力が旅力みたいなもので、旅がその情報をトレースする作業だったりするのかもしれないと思っています。

そういえば、時刻表を見ている人が少なかったのですが、携帯で時刻表も確認できたり、ルートも教えてくれたり、「駅に着いて10分歩くと」なんてナビみたいなものもあったりで、時刻表もいらないのでしょうね。それはそれで便利なことなんでしょうが、「無人ピアノの演奏みたいな感じかなあ〜」なんて思ったりしています。

てか、それぐらいは暗記していて、時刻表を取り出すまでもない、のかもしれないですね。
消えた期間従業員?
お盆休みが終わって、昨日からまた規則正しい生活が始まりました。秒刻みの生活ですね。二直だったので、高校野球の決勝を見てからバス停に行くということが出来ました。ゆっくりと始まった、という感じでした。工場の匂いや、音なんかが、とても新鮮でした。身体は軽かったのですが、終わってみると節々が痛いですね。それに異常に喉が渇いて、水、スポーツドリンク、炭酸飲料、水…、おそらく4リットルは飲んだと。


彼の方が窓際の席で、怒った彼女はふて寝(岡山あたりで)
てか、後ろの席も空いているんだから縦に並んで座るとか…出来ないんだろうなあ

そんなボクの始まりでしたが、裏番(一直ですね)のある部署では、朝人が来ないでラインを1時間ほど動かせなかったとか。遅刻した人が多かったそうですが、何人かの期間従業員が帰って来なかったという噂も耳にしました。

「戻りたくない」と思う気持も分からないでもないです。故郷に帰って、家族や友人、恋人と過した日々は、きっと楽しいものだったのでしょうね。ボクもそうでした。別れることが出来ないまま、きっと朝をむかえた人もいたのでしょうね。「ふたりで働けばなんとかなるよ」なんて彼女の言葉が、呪文になってあなたの身体を金縛りにしたのかもしれませんね。

「ふたりで働けばなんとかなるよ」きっとそうでしょうね。「別れのしかた」でも書きましたが、どんな別れかたをしても、やはり辛いものです。それならばいっそのこと別れなければ良いだけの話で…。間違いでもなかったと思います。

でも、それで1時間もラインが止まったとなると…。来なかった人だけの責任でもないのですが、やはりそれはそれで社会人としての責任、人としての責任を考えなければいけなかったと思います。

でもね、気持も分かるんですよ。ここに戻ってくると、愛情ということとはかけ離れた空間ですもんね。こうして寮にいると、話すということを忘れそうですもんね。うるさくて、臭くて、暑くて…不快なことの方が多いですもんね。戻ってこなかった人は、ま、そう決めたんだから幸せになってください。

ただ、前にも書きましたが、そんな寮での生活や孤独なんてものも、満了金や慰労金によって支払われていると思えば、少しは気が楽になると思うんです。ホンダの期間従業員のように帰省旅費が出ると、戻らなければならないと思うかもしれないですね。今回の事故を教訓に、トヨタも長期連休には帰省旅費を支給したらいいのに…。(これが言いたいために引っ張ってゴメン)トヨタ織機は支給しているみたいですしね。

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