トヨタ期間従業員に行こう

トヨタ自動車期間従業員であった筆者が期間工、派遣社員、非正規社員についてや雇用の問題そして1年間にわたる失業生活、その後のタクシー運転手としての日々なんかをぬるめに書いています。

五月病
五月病なんてものがあります。4月に入社や入学してそろそろ慣れてくる5月に起こる適応障害らしいのですが、トヨタでは大学新卒者が職場に配属になりました。入社から約1ヵ月、集団での研修期間があったのでしょうね。そして連休の終わった昨日からいよいよ現場での研修が始まったようです。そういったタイミングですから、トヨタの新入社員は五月病に罹る暇もないようです。六月病というのもあるらしいですが…。

将来の幹部候補生でしょうから、ま、一通り工場で何が行われているのかを体験してもらうぐらいで、実際にラインに入って現場の人たちを同じことをするわけではないように思いますが?同じ組の社員の人も「大卒が来た」と言ってましたから、きっと別枠なのでしょうね。てかライン現場に大卒の社員はいないのでしょうか?そう言えばCLもGLも高卒だから、きっと少ないんでしょうね。だから「大卒が来た」という言葉になるのだと思っています。

連休明けの初日は蒸し暑かったせいか、たっぷりと汗をかきました。汗が乾いてザラザラと塩になっていました。休養十分なので、疲れはさほど感じませんでしたが、暑いのにはこの先が不安になりました。ま、勤務日で言うとわずか5日、一週間分の休みだったのですが、長く感じますね。田原工場は埋立地にあるため、夏は蒸し暑いと聞いています。痛みには慣れたのですが、暑いのには慣れるかが心配です。

無事に任期満了できると良いのですが…。

積み上げられた空き缶
ねあか、のびのび、へこたれず
ダイエーの創始者の故中内功さんがよく使われた言葉です。ダイエーやローソンの社内報なんかには必ずこの言葉が書かれていたそうです。とても良い言葉だと思いますし、ボクもなにかあるたびに口に出しています。別に中内さんのファンではないですし、どちらかと言うと晩年の中内さんのやったことは、どうも「主婦の店」を始めた頃の商売とは違って、客のためというよりも自分のためと言った感じもしました。大学を作ったことなんかもそうですし、会員制のスーパーなんてのもそうです。ま、それはそれとして、ワンマンと言われましたが、多くの人が中内さんに心酔したことは確かなことでしょうね。




新入社員が職場に配属になったことは先日書きましたが、当然ことながらいろいろな人がいますね。そのいろいろさが企業には必要なのでしょう。ですから他人はどうであれ、自分は自分だと言う考えで行動してかまわないと思います。その「自分」をトヨタは承知の上で採用したのでしょうからね。無理に「自分」を作ろうなんて考えないほうが良いと思います。

ただ、やはり「ねあか、のびのび、へこたれず」という気持は持ってもらいたいと思います。明るい性格というのは、見ていて悪い気はしませんからね。そしてのびのびと仕事をやれば良いのだと思います。

ま、期間従業員のボクが言うようなことでもありませんが、ボクたちも皆さんのことを応援していますし、出来ればですよ、将来偉くなっても分け隔てなく挨拶してもらいたいなあ〜なんて思っているんです。そして、ま、期間従業員のために身体を張ってくれるような社員になってください。(「それが言いたかったのかよ」なんてつっこみはなしで…)
五月雨
田原寮から蔵王山を望む

この時期の雨はなにも珍しいものではなくて、五月雨なんて言われます。田植えの頃の雨ですから、降らないと困るものなのでしょう。さみだれの「さ」は耕作を意味することばで「みだれ」は「水垂れ」が語源だそうです。しかしこの五月は旧暦でのものですから、新暦だと6月ごろです。ちょうど梅雨に入る頃ですから、五月雨は梅雨と同じ意味だそうです。「五月雨を集めて早し最上川」

やっと青い空を見ることができました。雲の多い一日ではありましたが、午後からは太陽も見えましたし、夜には月がきれいな姿を見せていました。休憩中には屋外でひとり空を眺めていました。乾いた風は心地良かったです。ふと周りを見渡すと、外壁にもたれかかるように人影がひとつふたつ。わずか10分間の休憩ではありますが、静かにそして贅沢な時間を過したいと思っている人たちなのでしょうね。

良夜。
月明かりの綺麗な秋の夜を「良夜(りょうや)」というそうです。今は春なのですが、今日の気候はちょうど中秋のような。この言葉の語源は、徒然草の「この宿、清明なるゆゑに、月を翫(もてあそ)ぶに良夜とす」などからだそうです。

いつも時間に追い立てられタクトに弄ばれているのですが、たまには空を眺める余裕を持ちたいものだと考えたのです。

でも、実際は休憩時間は、水だ、煙草だ、トイレだ…と、これまた時間に弄ばれているのですが…。


山路を登りながら
お昼前に起床。インスタントラーメンのブランチ。雨の予報を覆す青空。布団を干す人もいる。13時ごろ突然の雨。何人かは布団を濡らしてしまう。どうしてやることも出来ず。13時30分のぐるりんバスで田原市内へ向う。田原ウォーキングコース「城の道」を歩く。田原駅でバスを降り、コース起点の城宝寺へ。渡辺崋山の墓所である。崋山の墓へ参る。ボクの他に誰も見当たらず。静寂。

崋山神社と鳥居

このコースには城宝寺をはじめ、田原まつり会館、崋山神社、崋山会館、田原市博物館と田原を知る施設が多く存在します。田原城惣門跡を通り中小路に、そこから見えた蔵王山にすこし驚きました。写真は崋山神社鳥居から見た神社と蔵王山です。

「山路を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」とは漱石の有名な「草枕」の冒頭です。確か熊本市内から天水というところまで歩いたときのことでしたね。漱石が歩くとこのような名文句が生まれるのですが、ボクなどが歩いてもなかなか文句さえ出てきません。

期間従業員の人たちを、ボクは時々求道者のように思うときがあります。かなりの時間を内省に費やしていることも確かだと思いますし、寮と工場の往復という生活ですから、余った時間がそうさせるということもあるでしょう。寮に住み、いろいろな制約を受けるということも、禁欲生活を強いられる修行僧のようでもあると思います。

また、お金を貯めるという目的、あるいは送金するために、禁欲的な生活を自らに課しているということもあるでしょうし、そのことがそのまま自分の支えていると思います。

語りかける相手がいない休日。山路を登らなくても、寮にいて、あるいは買い物に出かけても、それは漱石の峠越えのようなものでしょうし、座禅のようなものかもしれません。

それでもそのほうが良いと思うのは、話しかける相手を作ると、というか、ひとりのほうがお金がかからないですから、それに「住みにくい」人間関係を避けているのかもしれませんね。そのことはなにも期間従業員だけではなくて、社員の人にも言えることなのですが。

自分への問いかけ、「なぜ自分はここにいるのか」というのが一番多いかもしれませんね。「なぜ」それを支えるのは何度も書くようですが「お金」であって、「家族」だろうと思います。誰とも話さなくても、きっと喜ぶ顔が違うところにあるのだろうと思います。

そんなことを歩きながら考えたのですが、そういえば期間従業員って山登りににていますね。頂上まで6ヶ月かかる登山でしょうか。ベースキャンプが実家であり家族の待っている家であり、頂上を目指すアタックキャンプが寮ですね。今は風も雪もひどくて、わずかな食料で揺れるテントの中で頂上を目指すわけです。

一歩一歩、黙々と歩きます。テントと食料を持っての高山ですから、かなり遅いのです。ポーターもいませんからね。でも確かに頂上には近づいています。荷物も日々軽くなっていきます。テントを設営するのも、食事の用意も早くなりました。高度にも適応していくことでしょう。あと少し。

なんて考えました。新田次郎の「孤高の人」を読みたくなりました。もう寝ます。
がんばれ!みんな
こんなに疲れて一週間もつのかなあ〜なんて考えていますが、こうして更新できるということは、まだまだ余力を残しているのでしょうね。

石田衣良の白黒つけます!!:フリーター、ニートになるのは本人のせい?社会のせい?−話題:MSN毎日インタラクティブ

期間従業員は、フリーターとは少し違うと思いますが、契約が終わったら、みんな就職活動をするわけで、フリーターになる人も、またニートと言われる生活を送る可能性もありますよね。今のような規則正しい生活をずっと維持して、勤労意欲に燃えて働けると良いのですが、期間が満了したとたん燃え尽きてしまって…なんて人もいるのではないかと思います。

この毎日新聞の記事にも書いていますが、「悩んだ経験、役立つ日が」きっと来るのだろうとは思いますが、それもやはり本人次第なのかもしれませんね。

まめさんがコメントしてくれたように「唯黙々と仕事に専念するのはつらいけどそこでの生活は何かを見つけられたような気がします」という、「何か」はいろいろあって、「黙々と仕事を出来」た経験も「つらい」経験も、それが出来たという自信をともなっているのかもしれないですね。ま、まだ任期途中のボクが言うのもなんですが…。

でも、ボク思うのですが、期間従業員に来るということは、それだけでもスゴイことじゃないかと思うのですよ。知らないことばかりの土地に、一通の入社案内だけを持ってやってくるのですからね。それまでの不安や悩みを考えると、やはりスゴイんじゃないかと思うのです。

そうだボクたちはすごいんだ。と、自信を持っても良いのかもしれませんね。だから、がんばれ!みんな。てか、頑張れオレ、なんですが…。

慶雲寺の門前に掲げられていた「飯を食うのではない、ご飯をいただくのだ」という墨書

慶雲寺の門前に掲げられていました。毎日の食事もそうですが、全てに感謝すると言うことなのでしょうね。働いているのではなくて、働かせていただいている、なのでしょう。
悪月
水たまりに落葉
田原市博物館前

運の悪い月やめぐり合わせのよくない月を悪月(あくげつ)と言うそうです。「《中国で五月を凶事の多い月とし、また、五月五日の出生を凶としたところから》陰暦五月の異称。」と大辞泉にはあります。

また、運とは「人の身の上にめぐりくる幸・不幸を支配する、人間の意志を超越したはたらき。天命。運命。」となっています。

ま、しかし、危機管理意識である程度この運というものは変えられるのかもしれませんね。そう思うことのできるのも「運が良い」と言うことなのでしょうか?開運とか運を引き寄せるとか、運にまつわることは身近に無数にありますね。運転というのは運を転がすと言うことなんでしょうか?まさか?でも、もしそうだったら言い得て妙ですよね。

Sくんの話は前にもしたのですが、今回は運のない話です。

先日の母の日の話なんですが、母親思いの彼は「なんにもしてあげられないから」とお金を送ったそうです。彼にも支払いなんかがあって、それに、連休明けの給料日前だったので、その分は前もって取っておいたそうです。なけなしの虎の子だったのでしょう。

11日。九州に住む母親に届くのは13日か14日だろうと考えたそうです。「母ちゃん、ごめんね」と短い手紙を同封して。それが彼の書ける精一杯の言葉だったのでしょう。

ところが運が悪いことに、その手紙が届かなかったそうです。母親は地元の郵便局に手紙の紛失届けを出しました。郵便局員は母親の住むアパートの各部屋や近所に間違って届いてないか訪ねたそうです。彼は普通郵便で送ったので、その手紙はもう出てこないのかもしれません。郵便局員ももう一度調べるとは言ったそうですが、出てくる可能性は少ないだろうと思います。

運が悪い。運の悪い人生を送ってきてなお、この運というのは彼に仕打ちを加えます。

どうして書留で送らなかったのかと言っても、その数百円がもったいなかったのでしょう。運の悪さが悪い運をもたらすのでしょうか。ボクは「危機管理の勉強代と思わないとね」としか言えませんでした。泣けましたが。

きっと、母親はわが子の運のなさに、涙を流したことでしょう。「しかたない」と言ったそうです。それはどうしても抗うことの出来ない「運」と言うものに対しての気持かもしれません。

「でもね、とっても良い母の日になったかもね」。Sくんも泣き出しそうでした。
期間従業員からトヨタ社長に…
ブックオフ、パート出身の橋本真由美常務が社長に

給料日でしたが、先月4月は勤務日数20日、残業も少なかったので、3月分に比べて2割ほど少なかったです。それでも、ま、手取りで20万円弱はあったのですが。

さて、タイトル「期間従業員からトヨタ社長に」ですが、可能性としては、う〜ん、ないと思いますが、それでも0とは限りません。ブックオフの橋本社長の例もありますから、今後社長は無理かもしれませんが、GLやCLに期間従業員出身者がなることは、あながち不可能とは言いきれないと思います。

今年度も3000人強の新入社員が入社しましたが、最近は期間従業員からの社員登用も増えたと聞きます。正社員に対する派遣や期間従業員の割合を示す応援率も40%ぐらいだと聞きます。そうなると、人事としては人心把握術として、期間従業員出身者の管理職登用を推進する可能性も出てくるのではないかと、思うのです。その前に優秀な人材であるということが前提ですが。

それにフリーターやニート、格差社会が問題視されていますので、その解決策としての国の政策をバックアップする目的で、トヨタが社員登用を増やし、そして管理職に抜擢するという方針を打出すかもしれません。

と、ま、社員を目指す人には甘いことばになりましたが…。あ、いえいえ、甘いというか、あると思うのですが?というか、ボクとしては、期間従業員から社員への登用枠をさらに拡げることが、更なるトヨタの社会貢献になるのではないかと思います。今後、格差なるものが拡がれば、消費が縮小しレクサスも売れなくなりますからね。

てか、そうなったら「レクサスミニ」なんて軽四を作ったりして。

豊橋鉄道の電車
豊橋鉄道渥美線 田原川鉄橋
期間従業員今昔
田原凧まつりの参加者

期間従業員の期間が2年11ヶ月まで延長できるようになったのは、確か2004年5月ですから、ちょうど2年前のことです。それまでは最長1年間でしたが、再入社というシステムがあって、それを使って同じ組に入るということが出来たそうです。

個室になったのも、ここ10年ぐらいではないのでしょうか?それまでは、どこの期間従業員の寮も個室ではなかったように聞きました。そして週休二日ということもそれと同じぐらいから実施されるようになったので、それまでというのは、月に25日とか働いていたので、給料も今よりも多かったようです。

「自動車絶望工場」という鎌田彗さんが実際にトヨタの期間従業員として働いた日々を書いた本があります。ボクの読みましたが、現在とは随分違っていたのだなあ、という感想でした。もう30年ほど前のことなので、労働環境も寮での生活もかなり違っています。その頃の日本、所謂高度成長期には労働環境は劣悪だったようで、なにもトヨタの自動車工場だけが特別に絶望するといったものでもなかったように思います。その工場から排出される公害が問題になったのも、60年代から70年にかけてですから、この国の成長には、そしてトヨタなどの日本を代表する製造業の成長には、そこで働く人びととその周辺の人びとの苦しみの上に築かれたのだろうと、思います。

ですから、この本をもって期間工を語るのには、少し無理があると思います。無理があるというか、昔の期間工悲話として読むのには良いかもしれませんが、今はかなり違っています。寮にしても完全個室ですからね。それに今は定時終業30分前に休憩があったりします。多分、この時間に災害が起こりやすいというデータがあるのでしょう。

噂では豊田市内の書店では、いまだにこの本が平積みされているとか…?

今は、労働条件が良くなり、寮の生活も改善されました。週休二日や年間360時間の残業時間、休憩が増えた分、実質8時間ない労働時間など。その分給料は少なくなったのでしょうね。

考えてみれば半年と言いますが、ひと月に20日ほどしか働かないので、120日ほどの出勤日数なのです。そう思うと短いですよね。どんなに疲れていても、週末2日あれが回復しますし。それどころか、遊びまわる元気も出てきます。それに連続二直勤務は、夜勤というのでもなく、遅くても2時か3時には終わるので、かなり身体には優しい勤務体制だと思います。

とはいっても、一直の時はどうしても寝不足になりますね。ボクもこの数日毎日5時間ぐらいしか寝ていません。帰ってきてご飯を食べて1時間ほど寝て、そして眠れない時間を過し、やっと寝るのが12時を回っていますから…。

今日は寝不足なのか、牛乳と野菜ジュースを一緒に飲んだのがいけなかったのか、下痢で…。睡魔、トイレ、睡魔、トイレ…その合間にブログ、睡魔、トイレ、ブログ、睡魔、トイレ、ブログ、寿限無寿限無五劫の擦り切れ海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝るところに住むところやぶら小路ぶら小路パイポパイポパイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助…。

そういえば、このブログjugemでしたね。
おあとがよろしいようで。

というか、話がばらけて、どうしようかというのが、本音のところで…。
愛別離苦
暑い一日でした。気温も30度を超えたとか。寮に帰って、風呂、そしてご飯を炊いてレトルトのカレーとトップバリューのみそラーメン(五個いり178円)の夕食。ご飯を鍋で炊くのも上手くなりました。最近は麦を混ぜて炊いています。麦もトップバリューブランドです。

崋山神社の塀瓦とその後ろの蔵王山
いつも見えている蔵王山

泣けました。ご飯を食べながら、目や鼻から涙が流れてきました。実はよく泣きます。思うに睡眠不足や過労ということもあるのでしょう。今日はこのブログのコメントを読んで泣きました。


「みなさんがんばってください。
九州で待ってる仲間がいます。
彼女がいます。
両親がいます。
みんなあなたを応援してます。
あなたの帰りを待っています。
みんなに愛されるあなただから
あなたらしくがんばってください。

トヨタで働くあなたたちへ」
(改行しました。)

そういうことだろうと思います。ひとりでいる時間の長いこと。ライン作業ということ自体が孤独です。バスの中でも、帰ってきた寮ではもちろんひとりです。誰に話しかけることもありません。時々、ひとりごと。それは子供の名前だったり、待っている人の名前なのでしょうね。仕事以外で話した言葉はそれだけということもあります。休みの日なんかは、ひとりごとを言っていないと、言葉を忘れそうな錯覚に陥るときもあります。

街に出ようと思っても、家族連れや恋人同士なんかを見ると、やっぱり思い出してしまうので、寮にいる時間が多くなります。

ひとりが好きなわけではないのですが、ひとりのほうが楽なのです。それに、それほど人付き合いが上手なほうでもないし、そんなにお喋りなほうでもないのです。ひとりでいることが、なんか悪いことのように感じたりするときもあります。ひとりで食べるご飯なんかも、人の目を気にしたりします。

でも、

「みんなあなたを応援してます。
あなたの帰りを待っています。
みんなに愛されるあなただから
あなたらしくがんばってください。」

こういうことなのでしょうね。

週末ですね。早いもんです。一週間なんて「あ」という間ですね。最近入社した人たちは、びっくりすることも多いかもしれませんね。でも、あなただけがびっくりしたのではなくて、あなたが感じることは多くの人たちが感じていることなので、安心してください。

ボクらしくがんばろうと思います。
さよならTさん
期間従業員の満了日は週末が多いです。金曜日、みんなが「休みだ休みだ」と浮かれている時に、満了で帰る人も「終わりだ、終わりだ」と喜んでいるように見えても、どこか淋しそうな感じもしますし、実際そんな気持を抱えて最後のバスに乗り込む人のほうが、圧倒的に多いように思います。

トヨタ自動車滝頭寮と衣笠山、小衣笠
滝頭寮と衣笠山、小衣笠

Tさん(実際の名前のイニシアルは違いますが)は東北のある町からやってきていました。朝礼の時に少し話しをするぐらいでした。5月の連休前にお互い帰省のことで話したのが始まりでした。休憩所では静かに時間をやり過ごしていましたが、眼鏡越しに見える眼が彼の優しさを物語っているようでした。

最終日、ロッカールームから出てバス停に向っていると、後ろからTさんが肩を叩いて「頑張ってくださいね」と言いました。ボクは突然だったので「お疲れ様でした」しか言えませんでした。(今となっては、そのことが非常に悔やまれます。)

Tさんはバスの時間数分前だったので、走ってバス停に行きました。ボクはそのまま駆け足のTさんを追うようにバス停まで行きました。ボクは走りませんでした。追いかけることが、何か悪いことのように感じました。

最終日の満了日。どんな気持で最後のバスに乗り込むのでしょうか?GLや社員の人たちの「また来るんだろう」や「また来てください」という言葉は、決まりきった手向けの言葉のようで、どこか虚しく響くのは、ボクだけでしょうか。それとも、その言葉が「別れ」を儀式化するためのものなのでしょうか。いくつもの出逢いと別れの度に、感情を動かしていては疲れますもんね。

期間従業員にとっては、満了日は唯一の日なのですが、GLや社員の人たちにとっては、百分の一や千分の一の出来事なのでしょうね。それが分かっているだけに「やっと終わった」ということよりも、自分の存在と言うものに対しての虚無感というもののほうが、大きいのではないかと、思ったりしているのです。

Tさんは駆け足でバスの乗って、恐らく今日中には田原の町を後にしたことだろうと思います。一直の満了日、早い人はその日のうちに寮を後にすると言います。三河田原駅から電車に乗り、遠ざかる田原の町を見ながら、何を思うのでしょう。

さよならTさん。もう二度と会うこともないのでしょうね。
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