トヨタ期間従業員に行こう

トヨタ自動車期間従業員であった筆者が期間工、派遣社員、非正規社員についてや雇用の問題そして1年間にわたる失業生活、その後のタクシー運転手としての日々なんかをぬるめに書いています。

クローズアップ現代 9条との対話 〜若者たち〜
母の日(2)
「赤ちゃんポスト」という呼び方は、どうも違和感がありますよね。何かどこかに送るような感じがして。投函するというか、投げ入れるというのがポストでしょうから。正式名称は「こうのとりのゆりかご」これを使えば良いのに。


夕暮れに街を歩くと、正面の西日にふと幻を見るのだよ。
それは形というよりも色の風景。誰しもが経験したことのあるオレンジ色の寂しさ。母親の背中で見たあの街の思い出。母親の姿を探した夜の前の思い出。そして一番幸せだった頃の自分のことなんかが、ふっふっ、と、眩しさの向こう側に見えてくるのだよ。


母親と子供の関係というのは、男には分からないものがあるらしいのですが、そうだとすると「子捨て」ということは、ボクが思っているほど簡単にはできないことなのでしょうし、こうのとりのゆりかごに子供を置く母親が果たしているのだろうかと、思ってしまうのです。

逆に姨捨ということが過去に行なわれていたということなのですが、この場合は捨てられる母親に意思があるので、捨てられるというよりも協議の上の自殺のようでもあり、結局は母親の子供への愛情なくしては出来ないことだと思います。

そもそも子供を産むということ自体、尋常ではない痛みを乗り越えるという決意のもと、母親は生命を賭けているのですから、やはり並々ならぬ愛情がなければできないことだと思っています。命を賭けて産んでくれて、命を賭けて育ててくれて、そして最後には命を捨ててまでも守ってくれる。

母親は子供のために生きている、と思っています。
好きで子供を捨てる親なんていなくて、それどころか、好きで子供に捨てられるのだから…。

「母親と疎遠になっている」と今朝のエントリー「母の日」で書いたのですが、実はもう何年も母親に会っていないのです。ボクは、母親を捨てたのだろうと思っています。家族、兄弟、親戚なんてもの全てと縁を切っていますから…。

それはボクが選んだことですから、後悔していないのですが、それにそういう選択が最良だと思っていたし、今も思っているので、ボクの気持ちの中では整理がついているのですが、きっと、母親は、こんな息子でも、そしてその息子の思い出さえも捨てられずにいるのだろうなあ、なんて思っています。もしも、もしも仮にこうのとりのゆりかごなんてものに、子供を置いたとしても、結局は思い出、悲しみ、なんてものを捨て去ることは出来ないのだろうし、そんな「思い出ポスト」なんてのも出来ないだろうと思っています。

そしてボクも、こんなに、一日中、思い出を手繰り寄せている、ボクの母の日も、それはそれで、母親への愛情だと考えているし、そのことは、きっと、母親も分かっているだろうと、思っています。


トヨタ汁、子ポスト、拘束バス、なんて話
疲れすぎて眠れないんです。
朝、全身の筋肉が痙攣するような感覚で目が覚める。

トヨタ汁について

一部ブログなんかで、ボクが「食堂の味噌汁は不味い」と書いていて「食堂批判をしている」なんてことになっているそうですが、「不味い」のでもなくて「批判」でもなくて、あれは味噌汁ではなくて、材料に味噌を使った、ま、味噌汁に似た食べ物ではないだろうか、ってことなんで、あれはあれで、ああいう味なんだろうし、ま、ベビーチーズを好きな人がモッツァレッラを初めて食べて「あ、これチーズじゃないじゃん」と感じるのと同じで、モッツァレッラが味噌汁、ベビーチーズがトヨタ汁ってことになるのではないかと…、ま、そんな風に思っただけなんで…。

期間工オバカ日記・製造人間キカーン(キカンコー06): 自動車絶望食堂〜今井KのKはキバヤシのK〜
で、ここでも何度か言っちまってますが
何故工場食堂のみそ汁はまずいのか?

というタイトルで笠山氏が大胆な仮説を立てていますが
違います。
では本当は何故まずいのか?
・・・結論から言おう、
"新入社員を早く結婚させてトヨタホームを購入させると言うトヨタの緻密な陰謀です。"

なんて今井Kさんのブログでも「まずいのか?」なんて…。
この今井Kさんの「ミサワホーム怨霊説」(え、ちょっと違う?)なんてのは、やっぱりトヨタの世界は深遠だということなんでしょうねえ。


ジャスコ、蔵王山。三河湾に沈む夕陽ばかりが綺麗ってわけでもなくて、こっちの位置から見える夕陽も、デラ綺麗。

子ポスト

トヨタ式でおなじみ「カンバン」を入れるのがポストなんですが、それには親ポストと子ポストがあって、子ポストに入れたカンバンを親ポストに入れるという流れなんですが、これも、なんてか、名前を変えて欲しいなあ、なんて思ってたり…。初期ポスト、回収ポストとか…。どうも最近ポストって聞くと「こうのとりのゆりかご」を思い出してしまうので…。

拘束バス

労働時間は7時間45分、休憩が1時間15分、合計9時間。それが定時なんですが、一直だと5時のバスに乗って、帰りは16時のバスだから、定時でも約12時間拘束されているような…気分。

でも田原寮の期間従業員は、すぐにバスが満席になるのでバスの発車を待たなくていいのですが、他の寮だと、きっかり発車時刻まで待たなければならないので、30分に1本のバスに乗り遅れると、30分無駄な時間を過さなければならないので、これはもう拘束されているような。

富士見寮なんてのは、それから40分というロングドライブなので、確実に毎日12時間は拘束されている状態で…。富士見社宅、豊橋なんてところから通勤している社員もいるよ、っていうのはなしで、マイカーだと車の中はプライベートなので、通勤バスとはちょっと違いますからね。それに乗り遅れるってこともないし…。

一日が長く感じませんか?出勤バスって、微妙に早くない?

食堂で朝食を食べさせるように早く出ているという、やっぱりトヨタ‐メグリア陰謀説なんですかねえ?「陰謀」じゃなくて、従業員のみなさんの健康を考えてのことなんでしょうが…。でも朝食とって、それでも朝礼まで30分以上あるんですが…。それも従業員のみなさんの安全を考えてのことなんでしょうね。すみません、気を使ってもらっているようで:p




君の破片
いつでも捜しているよ
どっかに君の破片を
旅先の店 新聞の隅
こんなとこにあるはずもないのに

山崎まさよしの「One more time,One more chance」の1節なんだけれど、ボクだと「かばんの中 本の間」なんて書くかも、なんて考えている朝なんだけれど、やっぱりここの部分は何度聞いても良いですね。かばんや本の間だとありそうなので、やっぱりあるはずのない場所というと、旅先の店とか新聞の隅とか……なんでしょうね。

コメントの返事

>元バイトさんへ

そこで、自転車ですよ。
田原寮だったら、ちょっとした丘を越えるだけで会社に到着できます。

バス>ちょっと前に初めて乗りましたが、アレがイヤで辞めてっちゃう人もいるのではないかと思うくらいのダウナー系

「ダウナー系」なんて言葉があるんですね。アッパー系とか。なるほど。同じ、例えばマリファナなんかでも、物によっては、それに精神状態なんかでは、かなり落ちたりしますが、ダウナー用ってのもあるのかな。

えっと、バスもきっと人によっては、かなりのアッパー系…ハイアッパー系なのかもしれない。田原寮だと自転車で通勤可能ですよね。ま、吉胡や滝頭からでも無理じゃないだろうけれど…。ミマスから右折して光崎に出るコースだと丘越えがないのかな?

>歩さんへ

居住可能年数ギリギリ(10年でしたっけ?)まで居座る独身社員が多いみたいですから、案外管理人さんの推理もあるかも?(笑)

居住可能年数ってのがあるんですね。年齢もあるって聞いたことがあるけれど?30歳までとか?あれは女子寮だったっけなあ。その推理は今井Kさんの「トヨタホーム大作戦」ですよね。

こうのとりのゆりかごは…みなさん、それぞれに思うことがあるのだろうと…。

バスは、そんなに嫌ですかあ。う〜ん、ボクは、てか、田原はマナーが良いほうなのかな。みんな同じ工場ですからねえ。大股開けは「ちょっと考えろよ」なんて思うんですが、これもどこにでもいるタイプでしょうし…。ま、音楽、作業着、騒音…やっぱりちょっと嫌かなあ。

田原55名、先週が100人ほどでしたから、足りているというか、全体が少なくて下山工場にまわしたのかもしれないですねえ。新しいラインが稼動し始めたばかりだし。それに大卒実習生も入ってますから…。

田中和風寮は縮小傾向にあるとか聞いたのですが?

>今井Kさんへ
飲みたくないもんを飲むと身体に悪いって訳ですね、やっぱり。

味噌しるとトヨタホーム
だって〜生煮えのシャキシャキモヤシ入りみそ汁なんて
ここは言って初めて飲んだっすよ自分!!

生煮えのもやししゃきしゃきは、味噌スープサラダって噂ですよ。味噌汁って言ってました?あの生の食感がサラダっぽくて良いそうで、今後はキャベツとかレタスにニンジン、アスパラ、p−マンなんてのを食材として使用するという、これまた噂ですが、恐るべしメグリアのカイゼンですね。

ま、トヨタホームも、日本一病にかかっているのだろうと…思ったりして。

食堂に表現の自由はない……ってことにしませんか?

>北斗星さんへ
さっき上野から寝台特急北斗星に乗りこみました。一番高い個室を予約し、食堂車の食事も予約しておきました。

もう着いたのですよね。久しぶりの故郷はいかがですか。まだちょっと寒いのかな。桜もまだ残っていたり…。

北斗星の個室でしたか。良いなあ。寝台も2等なんかだと落ち着かないですものね。シャワーもあるんですねえ。ご飯も美味しかったと思います。いつものヤツとは大違いで…。

囚人バス、護送車ですかあ。富士見寮だと、そんな感じなのかなあ。長いし。わずかな距離でも嫌な人が多いのに、嫌々で、そんで寮に帰っても嫌々で…。お疲れ様でした。

>とこさんへ
先日、伊良湖に国民休暇村に一人旅してきました。
一泊2日でひとりバストイレつきの部屋で9800円だから
安いですよ。

わ〜、良いですね。
大アサリはあの辺りで食べると3個500円だったかな。料理がおいしそうだし、なかなか伊良湖産の海産物や渥美の野菜なんてのを食べる機会もないですもんねえ。

一泊で行って、伊良湖からの夕陽なんてのを見ながらべろべろに酔ってみたいなあ、なんて思っています。べろべろじゃなくても良いけれど…。

その本も興味があるかな。

>ウエちゃんさんへ
田原に配属になったのですね。

えっと、工場はどこも同じですから、あとは良い職場に配属になると良いですね。街は、ボクは好きなんですよ。ブログにも何度も書いていますけれど。けっこういろいろ見るところも多いですしね。豊橋まで行くと更に見所満載ですし、えっと、とこさんが書かれているように、渥美半島伊良湖まで行くと…たぶん半年じゃ、無理かもしれないですね。

図書館は立派ですよ。豊橋市立図書館よりは使いやすいし、綺麗だし…。それにいろいろな施設、市民会館とかと併設されているので、居やすいかもしれないですね。

田原仮設寮になったのですね。それは少し残念な結果だったかもしれませんが、これも同じ部屋の人次第かな。

ボクは、人見知りなので、なかなか声もかけられないで、ひとりぼっちの時間が長かったかな。笠山行ったり、海に行ったり、山登ったり、街を歩いたり、そんなひとりの時間が好きなので、それほど苦にはならなかったのですが。

えっと、ま、また何かありましたら、メールなりここのコメントしていただければ、なんて思っています。
女性器切除
やはりこの時間になると筋肉が反応するというか、痛くて目がさめたり…。



男性の割礼はよく聞いたし、ま、だいたいボクの知り合いのエチオピア人のほとんどは割礼をしていましたね。えっと、見たわけじゃなくて、その地方では「必ずする」ということだったし、そのため用にとボクのカミソリを貸したことがありました。(返さなくて良いと言いましたが)

切除の方法も男性の場合は分かりやすい、てか、ま、日本でも割礼ではないのですが包茎手術なんてのがあるので、女性の人も「ああ、なるほどね、この部分をカットするんだね」なんて、なんとかクリニックのCMを見ながら想像もできる、かも。

女性の場合は、いろいろ方法もあるそうで、陰部封鎖(ファラオニック割礼)なんてのは「外性器(クリトリス、小陰唇、大陰唇)の一部または全部の切除および膣の入り口の縫合による膣口の狭小化または封鎖」と、封鎖までしてしまうということなのです。

男性の場合は目的は違えど日本でも行なわれることを考えると、「いいこともある」のでしょうが、女性の場合はどうも「いいこと」なんて全く無くて、それどころか感覚機能を切除されるといるということで、目とか耳とか鼻、指なんてのを切り取られるのと同じようなもので、いやもっと重大な問題で、そこで得られる快感を喪失してしまうわけなので…そして、産みの苦痛のみを残してしまう…ことは人間の尊厳に関わる問題だろうと思うわけです。

でも、それが文化や宗教的理由ってことになると、口出しできないこと、になってしまうわけですよ。現地にいるとね。それで亡くなる子供もいて、「子殺しじゃないか」なんてことも宗教や文化の前では無力になってしまって黙らなければならないのですよ。いくら友人だとしても。
現在ではアフリカの28ヶ国、アラブ諸国、アジアの一部で、主に生後1週間から初潮前の少女に行われる。アフリカの人口増加に伴い、以前より多くの少女たちが性器切除を施されている。○○の快感を抑制し、人口増加・性病などに歯止めをかけようとする政策である。

いくら政策で行なわれても、女性だけが快感を求める、欲があるってわけでもないので、というか、どちらかというと男のほうを抑制しないとダメじゃんと思うのですよ。てか、男性の方が切除しやすくないか、そんで、そのほうが人口増加や性病に歯止めがかかるのじゃないか、なんて考えると、切られているのは女性の人権とか尊厳なんだろうと思うのです。

そんなことを考えている朝なんだけれど、う〜ん、なんでそんなこと考えたのかは、自分でも分からないんだけれど、きっと宝生舞が結婚相手に出会った時に「あ、この人の子ども産みたい」なんて考えたってことを聞かされたからだろうと、思ったり。

そういった「産みたい」っていう感覚と、快楽とはまったく別問題だとすると、いよいよ女性器切除なんてのは無意味じゃんと思ったりする、休日の朝のあるトヨタ期間従業員なのですよ。

ライン作業のような人生なのだろうか?
一直前の日曜日の夜は早い早い。夕方、少し散歩。本屋とか。ジャスコとか。針と糸を買いたかったから散歩に出たようなもので、それがなかったら引きこもり状態だったかな。また夜かあ。そしてまた月曜日の朝。


立ち止まる交差点の夕暮れ。自分を支える足のなんと心細いことか。向こうの信号の赤。ボクの命を繋ぎとめているのはその赤色の血などではなくて、やはり細い一筋の糸のような希望。限界までに張りつめられている。昨日からの季節はずれの強風にヒュンヒュンヒュンと音をたてている。ちょうどあの風車のように…。それならいっそ切れてしまえばいいものを。みょうに粘っこくて、きっと触るとネバネバネバと身体にからみつく。ちょうどこの街の空気のように…。もうここいらで立ち止まっていたいんだ。もう何も考えることなく座り込みたいんだよ。もうその一筋の糸さえも切って、この手で切ってしまいたいんだよ。働くために生きて生きるために働く、その繰り返し。働くためにこんな時間に眠ろうと苦しみ眠れるために働く、その繰り返し。もうあの食堂の味噌汁の臭いがそこいらに漂っている。そしてあの工場の感覚がちょうど命を繋ぎとめている糸のように身体に絡みつく感じ。全ての感情を切除した電波時計の正確さで繰り返される日々。労働による贖罪。生まれたことへの。明日朝4時になれば、ボクは思い出すんだよ。感情はすでに切除されていて、ただただラインのスピードに合わせて踊っているってことを。それが答えなんだ。え、何の?ボクたちは、もしかしたらなにかを切り取られて生きているってことだ。それはまるで割礼じゃないのか。感じることを許されていないのではないのか。

なんて思う週末だったんだけれど…。人生なんてのは、感じることを制限された、そして行動をも制限された、ライン作業みたいなもんじゃないのか?どうなんだ?
豊田はやさしい街ですか?
ボクが豊田を嫌いになった決定的な出来事があるのです。
あの時のことを思い出したくないし、今思い出すと、実は、もう涙が止まらなくて…。

書くことはないと思っていましたし、アジア、特に半島や中国の対日本外交のようにいつまでもある時点に拘泥しているようで、嫌な感じがしたので、そのことは言うことでもないと思っていたのですが。

田原凧まつり 初凧揚げ
田原凧まつり初日、初凧揚げ。優しい女の子になるように、なんて願いをこめているのでしょうね。

2004年にボクはトヨタ期間従業員として初めて豊田にやって来ました。田中和風寮に住んでいたことは以前にも書いていて今回は割愛しますが、豊田市は実に不便な土地で、買い物に行くにもバスは1日3便しかなく、土橋駅へのバスは寮周辺にはなくて、いまだにどこにあるのかも知らない状況なのです。ですから、ボクは自転車を買って足にしていました。駅まで1時間はかかる場所ですからね。

ある雨の日、6月の梅雨に入る前の休日のことです。雨は降ったり止んだり、ちょうどボクが自転車に乗って豊田市駅に行く頃には止んでいました。買い物の帰り道、雨が降り始めました。ボクはすこし自転車を漕ぐ力を増しました。歩道には排水用のステンレスの柵があって、それがちょうど進行方向にマス目が並んでいたのです。その上に前輪が乗ったときに自転車はそのまま横転してしまったのです。

ボクはそのスピードと、その急な横転のために上手く身体を支えることができないで、頭を歩道に強く打ったのですよ。血が恐ろしいほど流れていきました。恐ろしいと感じただけで、実際は500ccほどだったのだろうと思っています。

帽子でそしてタオルで傷口を押さえても血は流れていきました。死ぬかも、なんて思って、そう思った瞬間から動けないで…。

ボクは回りを見渡しのですよ。道行く人、車道には信号待ちで待っている人…。誰も声をかけてくれなかったのですよ。それどころか、目をそらして…。確かに何人もの人と目が合ったのですよ。でもね、誰も何も言ってくれなかったのですよ。

ボクは混乱していて、順に電話したのです。「死ぬかも」って。そしたら「頭は血が出やすいから、かなり流れても傷が浅かったら大丈夫」って言われて、少し落ち着いたのです。男ってきっと血に弱いんでしょうね。

あの時、誰かひと言でも言葉をかけてくれてたら、ボクの豊田に対する感じ方も違っていたと思います。いえ、全ての豊田市民が傷付いて倒れている人を見捨てるとは思っていませんし、順が言うように、頭の傷だから出血はあると、ボク以外の人は冷静だったのかもしれません。

でもね、あの時に目があった人や、ボクの横を通り過ぎた人のことが、豊田として、そしてそれは思い出とは別の場所に記憶として残っているのですよ。ヌルヌルした感じの、あの血の感触と同じような感じで、そして錆びた臭いと一緒に残っているのです。

工場や寮でも嫌なことはありました。でも、それは、街への思いとは別なものだとも思っています。そして泥棒にあって身ぐるみはがされたなんてことがあったとしても(実際ボクはインドでそういう目にあってますから)その街が嫌いになるということはないとも思います。一部の人、数人のしたことですからね。ところが、ボクの事件は豊田市民による集団レイプのような、そんな感じを今でも持ち続けているのですよ。

どこの街でも同じですかね?人が頭から血を流して倒れていても、誰も声をかけないのですか?雨が降ってたからですか?「ケッタに乗ってる大人」(豊田市では自転車に乗っている大人は期間工と見られるらしい)だからですか?

あの雨の中の嫌な気持ちが、頭から血を流しながらのたうち回っているボクの姿が、豊田市という名前を見る度に聞くたびに思い出されるのですよ。
大丸・松坂屋統合問題
大丸と松坂屋の統合のニュースをテレビで見ていて、大丸の会長が奥田務氏というのを聞いて「もしかして」なんて思っていたのですが、やはり弟だったのですね、奥田碩前トヨタ会長と…。

すごい兄弟ですね。やっぱりトヨタ絡みで碩氏が一枚も二枚もかんでいるのでしょうか?ま、奥田碩氏が松坂屋に「よろしく」って言えばそれで決まりみたいなもんだろうし…。どうなんだろう。


画像はなにこさんの今日もクルマ観?日和から借りました。
そっか、そういうことだったのか。って、この絵は兄なのか弟なのか、それとも父なのか?続きはウェブで!


大丸はいっこ下の商業行ってた美雪ちゃんが就職したんだけれど、今もいるかなあ。豊田市の松坂屋でバッタリなんて…たぶん、ないだろなあ。
祭のあと
田原凧まつりも終わりました。
田原の初凧は、江戸時代初期、男の子が生まれた翌年の端午の節句に親戚から贈られた祝い凧を揚げ、その子の健やかな成長と家門繁栄を願ったのが始まり

だそうで、今年の初凧揚げには108人の参加があったとか。

今日は一日中ゴロゴロ。カップ麺の朝食そして昼食。朝風呂、昼風呂、午後風呂と、すでに3回も風呂に入って、なんだか温泉に来ているような感じの一日。

夕方から買い物がてら祭のあとの会場へ。ジャスコ裏の田んぼには植えられたばかりの稲。その向こうに蔵王山。夕陽。

歩道に座って夕陽が沈むまで、色がなくなるまで、ゴロゴロ。この場合のゴロゴロはカメラを片手にですが…。ああ、大丈夫ですか?なんて声かけられないわけだ、いつも道路でゴロゴロしてんだから…、なんて思いながらも、ゴロゴロカシャッ、ゴロカシャッ、カシャッゴロ…。1時間以上も過ぎていたことの驚いて…夜の帳も下りる頃。さりとて何の予定もないボクはというと、少しだけその風景の名残を惜しんで、そしてつまんない一日だったことに対して、叫びたくなったのだんだけれど、叫んだところで時間が戻るわけでもないし…なんて、ああ、始まった始まった、この感じ、週末病。

日曜日のこの時間になると、思うんですよね。あれしとけばよかった、とか、豊橋行っとけばよかった、なんて。でも、ああ、この風景を見るために週末があったのかもねえ、なんて考えると、それはそれで、すこし寂しさも紛れるってもんで。そういえば、昨日から言葉を忘れてますね。確か、単語で10も満たないほどの会話しかしてないような。

歌を忘れたカナリアは…。



ごめん、また過去に謝ってしまっていたり。
水に流してしまった思い出たちに謝っていたり。そんであっちこっちに謝っていたり。もうついでだから未来にも謝っていたりして、なんと頭の低い男なのだと、引き攣っているんだけれど、それってなんだか反省猿みたいで…懺悔人間なのかオレ。ごめん。

携帯ほしい、なんて思ったり。そしたら、カナリアにならなくていいし…。でも、携帯持ったら、やっぱり「オレオレ、ごめん」なんてオレオレ懺悔になるのかなあ、なんて…。

毎週日曜日のこの時間は、祭のあとみたいな寂しさ。
早上り
さのぼりとは「田植えの終わりに田の神を送る祭り」です。「さ」は田の神、早乙女の「さ」も田という意味で田植をする乙女です。

昨日田んぼの畦道に座って蔵王山に沈む夕陽を見ていたら、神の存在を、というか、「なんかいるな」という、ゾクゾクする感じを身体に感じていたのです。霊感があるとか強いとかではなくて(ま、ボクにはそういったスピリチュアルな部分の感性は弱い/ないと思っていますので)誰もが感じるだろう、殺気とは逆の「生気」みたいなものを、フッフッと首筋に触れる風のような…そんな感じ、それは動物としてもっている本能みたいな部分で感じるもの、を感じていたのです。


神がいるのが見えますか?

機械化されていなかった頃の田植は全て人力でしたから、田植の終わる夕暮れ時には人びとはかなり疲労していて、そして空腹だったでしょうから、体内からはアドレナリンとかドーパミンなんて物質が現在人よりも多量に出ていたのではないかと思うと、ちょうどその瞬間、夕陽の蔵王山から神が降りて来る姿や、神が上っていく姿を確実に見ていたのだろうと思います。幻想とか幻覚とかとは違う、もっと現実的な姿を。それも集団で。

田原市には、そういった何かを感じる場所が多いですね。朝陽や夕陽が綺麗な場所が多い。笠山に昇る朝陽、汐川干潟の向こう豊橋から昇る朝陽、蔵王山から見る朝日、夕陽もそうですね、姫島に沈む夕陽、蔵王山に沈む夕陽…どこへ行っても間違いがないと思います。まだボクの知らない場所も多いのですが…。

そういった風景、風土が人の感性を磨くと思うのです。じゃあ都会の人は、なんて言われそうなのですが、都会でもそういった風景はありますし、テレビや雑誌や本なんかでいつでも見ることが出来ますよね。胎教で音楽を聞くという話は良く聞くのですが、綺麗な風景を見るなんてことはないのでしょうか。ま、お腹の赤ちゃんに音は届いても、母親が見たものは見えないということなんでしょうが。

ボクの生まれ育ったところは、家の後ろがすぐ山で、そして潮騒も聞えるような漁村でした。朝陽は季節によっては海の向こうから昇ってくるのですが、夕陽は紅くなる前にあっという間に裏山に沈んでいきました。キラキラ輝く海、そして月光に鈍く光る海を今でも憶えています。故郷といったら、そんな海の記憶です。

記憶の中ではいつも綺麗です。でも、子供の頃からその故郷が嫌いでしたし、早くその村を出たくてしかたなかったのです。あの濃厚な人間関係を疎ましいと思っていたのです。

今はその故郷もそして親さえも捨てて、もう故郷にも近づくこともないのですが、そういった風景やそれに重なるようにこびりついている思い出なんてのは、いつも近くにあって、やっぱり筋肉を弛緩させるのですよ。

でも、それはボクにとっては宝石のような風景であっても、ボク以外の人にとってはなんでもない普通の風景なのかもしれないし、それどころか、嫌なものかもしれないと、思っています。そして何を言われようと、例えば「あんな村よく住んでたね」なんて言われても、ボクは平気なのですよ。

それはその人が全てを知らないということもあるだろうし、土地に憑いたその霊的なものとの相性ってのもあるのだろうと考えているからです。波長が合う合わないというのは、なにも土地だけではなくて、全ての物や事、そして人にも言えることですからね。その波長というのは、やはり「なんかいるな」というものとの相性、そのフッフッと首筋に触れる風みたいなものを心地良いと感じるかどうかだろうと思っているからです。


当サイトでは第三者配信(Google)によるcookie を使用しての広告を配信しています。詳しくはプライバシー ポリシーをご覧ください。
<< | >>
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031


blogpeopleロゴ
にほんブログ村 地域生活(街) 中部ブログ 豊橋情報へ

follow us in feedly


9月分
Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...