トヨタ期間従業員に行こう

トヨタ自動車期間従業員であった筆者が期間工、派遣社員、非正規社員についてや雇用の問題そして1年間にわたる失業生活、その後のタクシー運転手としての日々なんかをぬるめに書いています。

雇用対策3年間で2兆円 救われますか?
ホンダがF1から撤退することを発表しましたね。
ホンダ、F1撤退を発表=業績下振れ、環境投資などに集中

ホンダは5日、自動車レースの最高峰、F1世界選手権シリーズから2008年限りで撤退すると発表した。金融危機を受けた世界的な景気低迷で市場環境は急速に悪化しており、将来に向けた環境関連投資などへ経営資源を集中的に配分することにした。


ホンダは4日、来年1月末までに国内の期間従業員約490人を追加削減すると明らかにした。同社はすでに、期間従業員約270人を年末までに減らす方針を示しており、全期間従業員(約4300人)の2割弱の計約760人を削減する。
ということもあり、F1よりは雇用対策にその予算を回すということもあるのだろうと考えています。

それでもホンダは全期間従業員の2割弱の削減ですから、努力はしているのでしょうし、今回の件もボクはホンダの労働者に対する、というか国民に対する思いやりの決断だと感じています。非正規労働者を削減する前に削減できるところは削減するというホンダの姿勢だと思っています。

与党、雇用対策3年間で2兆円 5日決定

与党は5日、非正規労働者が雇用保険の失業給付を受ける際の条件緩和などを盛り込んだ新雇用対策をまとめる。対策の期間は3年で、関連費用は2兆円。140万人の雇用創出を目指す。


昨日も書いたのですが、どうして政府というのは後手後手になるのでしょうね。非正規という労働者を大量に創出した時点で、この日が来るのは分かっていたはずなのに。そして今度はどのような体系の「雇用創出」を行おうとするのでしょうか。

失業給付60日加算 厚労省、非正規雇用に安全網

厚生労働省は4日、高齢などを理由に再就職が難しい失業者への給付を拡充する方針を固めた。給付日数を60日程度上乗せする内容で、政府・与党がまとめる新雇用対策にも盛り込まれる見通し。雇用調整のしわよせが集まるなか、雇用保険で守られていない非正規社員を重視した安全網整備に乗り出す。


昨日の失業給付受給資格期間を1年間から6ヶ月間に引下げるという施策とともに、今後予想される大量離職者に対応するというものなのでしょうが、それまでに「切られた」人たちにも適応するのでしょうか。

非正規労働者を正社員にした企業には100万円支給する、という案を含んだ昨日のものよりも予算額が倍になって、対象になる(だろう)失業者も80万人から140万人に拡大させたのですが、景気回復と企業への「使い捨て」を止めさせるような労働法の整備、非正規労働者を増加させてしまった雇用体系の抜本的な改革をしない限り、この2兆円は一時しのぎになりはしないのか、と懸念しています。

しかし経済連というこの国のもうひとつの政府には、御便所じゃなくて御手洗キャノン会長という非正規労働者切りの張本人がいますので、うまくゆくかどうかも疑問なのですが。この国は政教分離なんていっていますが、そうでもないようですし、国家の権力は、立法、行政、司法の三権に分けられる、三権分立なのですが、実は三権一経分立のようです。

2兆円は雇用保険だけではなくて、例えば役人の賞与や給料をカットして拠出するべきだとも思っています。国民が痛み病んでいるのに、役人だけが無傷なんてことは、どうなんでしょうね、ボクが許しても許さないヤツが必ず現れると思っています。


凍死者が出る前に(名古屋ホームレス問題)
東海地方は10000人を越す派遣社員や期間工がそのままホームレスとなる可能性があるのですが、それに対応することも出来ないまま、恐らく名古屋駅周辺は年末年始にかけて野宿者で溢れるのではないかと思っています。

そのほとんどがトヨタ自動車をはじめとする自動車産業を解雇された、あるいは延長を拒否された人たちであるのなら、愛知県や県内の各自治体は早急にホームレス自立支援システムを確立しないと必ず不幸が起きると考えています。

大阪釜ヶ崎、横浜寿町、東京山谷、そして名古屋が、というか、それら地域の数を上回るホームレスが名古屋に居住することになるのでしょう。そしてホームレスは名古屋をめざす。

ホームレスに「名古屋行って」 周辺自治体、苦渋:(CHUNICHI Web)

解雇で寮を追われ、ホームレスになった派遣社員の人たちが、愛知県内外の各自治体窓口へ相談に訪れた際、「名古屋市に行けばいい」と電車の切符を渡され、名古屋市へ転送されるケースが増えていることが分かった。ホームレス受け入れ施設があるのは愛知県内では名古屋市しかないためだが、市は「たらい回しだ。自分のところで対応して」といらだちを隠せず、県を通じて各自治体に抗議している。


名古屋をめざす人ばかりではなくて、多くは「送り込まれる」。役所が得意とする「たらい回し」式に見殺しにされる。

「自分ところで対応して」ではないのだ。ホームレス受け入れ施設があるのが名古屋だけというのが問題なのだ。早急に豊田地区、田原豊橋地区、というトヨタの街に緊急保護施設を作らないとこのままではきっと不幸はオキル。

愛知県はこれまでトヨタマネーで潤ってきたのならば、今回のトヨタショックによりホームレスになる人たちの保護・自立に対して資金を注ぎ込むべきだろうと思う。そしてトヨタ自動車もなんらかの形でそれに参加するべきだと思う。延長拒否も途中解雇もしていない、と自分たちは正しいと勘違いしているようだが、そのトヨタ自動車関連企業からの解雇者すべてがホームレス予備軍、あるいはすでにホームレスとなって名古屋の夜の寒さに震えているのだよ。

名古屋に行けば幸せになりますか?

そうやって派遣社員として期間工として愛知県にやってきた人たち、彼ら/彼女らがめざした名古屋駅に今度は希望も夢もなくして戻ってゆく。豊田市から田原市から刈谷や岡崎、大府や碧南…。そして岐阜県や三重県からも…。

渡された名古屋行きの切符がこれまでの全て。

こういう運命を愛知は背負っていたのだろう。それはすでに決められた運命だったのだろう。こうなることは誰もが薄々理解していたのだろう。名古屋駅周辺で寒さに震えているホームレスたちのおかげで名古屋は発展してきた、トヨタ自動車は潤ってきた。

トヨタは寮を開放しろ。どうせ空部屋ばかりだろう。満了した期間従業員に一定期間住むことが出来るようにしろ。自社期間従業員だけではなくて、関連企業の派遣労働者、期間従業員が住むことが出来るようにしろ。それくらいできないようならば、企業と国民との関係は崩壊する。それが社会的責任だ。

それが人というものだよ。

従来、自動車製造業を中心に求人が活発で、ホームレスも少なかった三河地方の各市は、受け入れ施設が未整備のまま。「今晩泊まるところがないという方が相談に来ても、ごめんなさいと言うほかない」(豊田市)というのが実情だ。

このため「決して市が主導して名古屋に行きなさいというつもりはないが、『どこかで今日泊まれるところはないか』と言われれば、『名古屋にはこういうのがある』と答えざるを得ない場合もある」(豊橋市)ということになる。


なんの危機感もない役人ばかり。市役所を解放しろ。体育館を開放しろ。防災用の寝具、食料を使用しろ。あなたたちの利益の犠牲になった人たちなのだよ。



派遣切り再考、そして奥谷失言について
なぜ今回のような雇用問題の悪化に至ったか、大量の失業者が出ることになったのか、というと、何も企業だけに責任があるわけではなくて、そして経済連だけ、政府だけに、そして労働者だけにもちろん責任があるわけではありません。

未曾有の景気後退、不況に、それも急激になったのか、というと、アメリカという国から始まった金融危機にあるのでしょう。その前の原油高騰というのも自動車産業においては向かい風になっていたのですが、嵐はサブプライムローン、低所得者向けのローンの破綻というのが原因です。

その不況の嵐がアメリカだけではなくて世界に影響を及ぼす。という金融システム。アメリカが転べば日本も転んでしまう、ということも問題なのでしょう。特に自動車産業は北米向けにどれほど依存していたか、アメリカなくして自動車産業は成立しないのかもしれない、と思った人も多いはずです。

トヨタ自動車田原工場でまず減産になったのは、北米向けの車種、レクサスブランドだったように、アメリカ依存型の経済ということにも問題があるのでしょう。経済だけではなくて、「属国」といわれるように全てを、例えば食料にしても大国(アメリカや中国)に依存していることにも問題があると考えています。

トヨタがアメリカのビッグ3を追い越して世界一になるということは、そのままトヨタをはじめとする日本の自動車産業の危機を意味していました。勝ってはいけない国なのですから。中国の経済発展というのも、第二のアメリカ化のようにも感じています。ここが転ぶと世界的に致命的な不況の嵐がふくと思っています。

一部では(サンデージャポンとか)「自動車の売価を下げれば、国内販売が活発化する」というような意見もありますが、少しぐらい下げたところでこれだけ絶望的な見通しの中で消費は拡大するのでしょうか。むしろ縮小する/しているように思います。それに国内販売は昨年ぐらいから減少するばかりでしたし、自動車保有台数はピークを過ぎて既に減少にあるのですから。

また2004年に労働法が改正されて、製造業にも労働者を派遣できるようになったことと、非正規労働者の雇用期間をそれまでの1年から3年という長期間に渡って拘束できる(労働者の意思にもよりますが)ような政策がとられたことにより、企業有利の雇用条件になったということも問題でした。

それまでは期間工は長くて1年で一度契約を満了するということに法的になっていました。雇用保険の失業給付の需給資格も6ヶ月以上の雇用期間というもので、非正規雇用と言っても1年未満というそれこそ「期間」的なものでした。そして一度退職して考える余裕もあったのでしょうが、3年間連続雇用される、となって1年後からは契約期間が1年間という「期間」というには長すぎる契約期間になってからは、どうもその「非」という「一時的」な意味が薄れてきて「常用」という意味が濃厚になっていったように思います。

企業側も熟練非正規労働者の常用化という、正社員の代わりの労働力が創出できて品質の向上、しいては日本の物造りの向上というような、考えていたのでしょう。当時の経済連会長が奥田トヨタ自動車名誉会長でしたし、その経済連が景気の好調さをバックグラウンドに政府に働きかけたのですから。

そのころから、いざなぎ景気と言われる好況が続いていました。トヨタの業績は伸びに伸びて2兆円という利益を出すまでになりました。非正規労働者も10000人までに膨れ上がりました。最高益を出しながら非正規労働者を増やしたいったのです。これはトヨタ関連企業も同じことです。

CCC21などというコストカット策を打ち出して、それを下請け企業にも押し付けていましたから、どの企業も人件費という即効果的なコストを削減するということを最初に考えるのは当然のように思います。

政府と企業が労働者の非正規化を促進してきた、ということです。

昨年が2004年から3年目でした。ここでも何度も書いたのですが、3年間という長期間拘束していた非正規労働者の契約の満了が始まった年でした。トヨタとしても正社員を希望して働き続けた自社期間従業員の処遇に少し困ったようでもありました。

中には何度も社員登用試験を受けて落ちた人もいて、それでもトヨタはシニア期間従業員として1年間雇用するのですから、働く方としてはとても不思議でした。社員では駄目なのに期間工としては良い、という理由が分からない人が大勢いました。

そしてトヨタが取った苦肉の策が「JOIN3」というものです。関連企業にトヨタ自動車で3年間働いた非正規労働者を斡旋するというものです。それも入社試験ありで、なんの特典もないということで。

それが「仲間」と言って3年間使い続けた期間従業員への別れの仕方でした。10000人という非正規労働者がいるのに、正社員として雇用してくれない、という事実、そこにも問題がありました。

3年間働いた人のほとんどが、また非正規労働者になりました。非正規労働者は永遠に非正規労働者しかできない、と、トヨタが教えてくれたから、なのかもしれません。

3年間、正社員と同じよう、いやそれ以上に頑張ったのに、どうして正社員として働けないのか。だれもその答えは分からないのでしょう。昨年度は1200人の期間従業員が正社員になりました。「史上最高」と言われた正社員化数でした。今年は年頭に「900人程度」と発表がありましたが、それが守られるかどうかは、このような経済下ですから疑問です。

要するに利益、景気に左右されていたのはなにも今だけではなくて、常になのです。景気が良ければ良いで「使い捨て」されるし「使い回し」される。景気が悪くなれば「使い捨て」どころか「切られる」というのが、国民が黙認してきた非正規労働者なのです。

その数は膨張の一途にありました。全労働者の4割が非正規労働者となっては、二極化するのは当然のことなのでしょう。正と非。その非正規労働者がネットカフェ難民になり健康ランド難民、ホームレス予備軍になりました。多くは製造業に働く人たちです。

日本の物造りの最前線を支えてきた人たちなのです。それでも、何年働いても、何の資格も何の技術も企業は非正規労働者に与えてはくれませんでした。正社員にはいろいろな資格を取得する機会が与えられました。いろいろな工程を経験する機会が与えられました。

スキルアップは非正規労働者にはムダなことだったのでしょうか。それも経費削減ということだったのでしょう。

さっきNHKで奥谷さんが(奥谷禮子さんxでしょうね)
「派遣でも能力の或る人は高給とってる。一部の劣悪な環境の派遣社員をクローズアップし過ぎだ」とおっしゃってましたがTOYOTAだけで1万人近く居た期間工も一部なのか聞いてみたい訳で。


企業は非正規労働者の能力を開発してくれなかったのですよ。何もしなかったと言っていいでしょう。それはなにもトヨタ自動車だけではなくて、ほとんどの製造業でそうだったのでしょう。

一部、ではなくて、大部分の非正規労働者の将来をも奪ったのが派遣法なのですよ。それも3年間、それ以上もの長期間、なんの職業能力教育もなく。3年間という時間を奪ったのですよ。非人扱いだったのですよ。刑務所でも職業訓練をするというのに…。

いろいろな原因が今回の労働問題に絡んでいると思いますし、原因も多くあると思います。もちろん何も言わなかった組合=正社員というのも、ボクはどうなのよ、と思っています。製造業にいるのに、そういう悲しみのイマジネーションもなくしてしまっている。物造りというのは、イマジネーションの一動作だと、ボクは思っています。

この国はもう終わっていると思います。もし戦争が起きたとして、誰が何のために戦うのですか?それよりはこんな国は捨てて逃げたほうが良いと思うでしょう。そう思う人が多くなるということが国力の衰退なのです。

まして今回のような状況になっても何も行動を起こさない大企業の組合を見ていると、同胞とか国民とか国家なんて言葉が、どうも死後になっているようで、いろいろな要因はあるのだけれど、そこがとても問題だとボクは考えています。労働組合が労働者を切り捨てたこと、ということです。それで労働組合と名乗ることが恥ずかしくないのかと、思っているのですが……。


キウイいただいた春のような冬の部屋
裏切りの街角 いすゞ期間従業員の決断
遠藤実さんがお亡くなりになりましたね。
千昌夫さん、舟木一夫さん、北島三郎さんという大物演歌歌手の方たちのインタビューをテレビで見ました。「言葉では言えない関係」という師弟関係を聞くたびに、心に残る歌だけではなくて、この国はいろいろなものを失ってしまったし、失おうとうしている、と更に悲しくなりました。

師弟関係、演歌の世界でも「おやじ」という表現を師匠に対して使うようです。中学を出て、あるいは高校を出て、右も左も分からない東京に出て行って、そして師匠のもとに住み込んで、まずは雑用から初めて、そして歌のレッスンをする。そういう師弟関係が親子以上の関係を生むのでしょうね。

ヤクザもそうですね。杯を交わして、親子、兄弟という血とは別の深遠な関係を築く。

日本の仕事場は、昔はそういう関係で成り立っていたように思います。現在でも中小企業ではそういう感じのところが多いのかもしれませんね。「黒いものでも白」と言わなければならない、そのような世界。

子は親のために命を捨てる、親もこの為なら全てを捨てる、と言う関係。それが日本の集団意識のようなものだったのでしょう。芸能界ではまだまだ色濃く残っているような。「石原軍団」「たけし軍団」、あるいは落語の世界や歌謡曲の世界。

良い部分も悪い部分もあるのでしょうが、いつからか上に立つ「親」が、下のもの「子」を捨てる世の中になりました。それも「切り捨てる」という血も涙もない世の中にです。そういうトップしかこの国にはいなくなってしまいました。トップもですが、若頭、兄貴と言われる立場の人たちも仁義という言葉も忘れて知らん顔をする。

いすゞ自動車の期間従業員が労組を結成して解雇撤回求める通告書提出をしたというニュースが先週ありました。4人。

ボクはとても勇気ある決断だと感じました。契約期間は4月までだったそうですが、その4ヶ月のために立ち上がったわけです。恐らく「自分のため」というよりも、「全体のため」という侠気からだろうと思っています。

来年初め、ほとんどの期間従業員が、2月〜4月の間までの契約期間で、それを12月26日までに打切られたのでしょう。普通はこう考えるのでしょうね。「2ヶ月早くなっただけだし」。

そして「ここで騒いで問題を起こしたら、次に雇ってもらえないかもしれないしなあ」ということを考えたのかもしれません。1400人の契約打切りがあったのにもかかわらず4人しか組合に参加しなかったのは、そういった意識からだろうと考えています。そしてこう言われたのかもしれません。「景気が良くなったらまた募集を再開するから」と。

この解雇が撤回されたとしても、2〜4ヶ月後には解雇されるわけですし、再雇用という道が厳しくなることも確かなのです。それに代表の方は3年目ですから、延長ということもないのでしょうから。それでもその非正規労働者のために立ち上がったでしょうね。誰も助けてくれないのだから。

会社に感謝する、ということが確かに一昔、あるいはふた昔前までは、当たり前だったかもしれません。「給料をいただいて」いたのです。今は、会社に感謝しなければならない理由というのが見つかりません。労働者、特に非正規労働者は「安価な道具」として使い回されて使い捨てにされる、という絶望の中で従事しているのだから。

それでも日本人は真面目な民族なので、会社を裏切ったりはしません。自分の仕事を裏切って無責任なことはしません。トヨタ自動車でも期間従業員が適当なことをしているとは、ボクは感じませんでした。そういう暇もないのがライン作業でした。

非正規労働者はGLやEXという「おやじ」のために寿命を縮めるように腱鞘炎を隠し、筋肉痛を我慢して良い仕事をしようとする。その「おやじ」たちに、たとえ裏切られたとしても、裏切られると分かっていても。

トヨタもホンダも、創業者の時代は違ったのでしょうね。例えばホンダも宗一郎氏のことを「おやじ」と呼んでいたそうですね。昔は、自動車産業もそんな時代があったのでしょうね。師弟関係、親子関係…。

日本のもの造りが終焉に近づいたというのは、そういう環境や関係がすでに崩壊している、ということなのです。裏切りの街角、トヨタの街なのだろうと、ボクは考えています。




もう秋葉原通り魔事件から始まっていたのだよ
秋葉原無差別殺人事件(2)

こういう事件が起こると

・会社のこと
労働条件や派遣社員ということ、あるいはその工場で何があったのか、勤務状態はどうだったのか。
・社会の構造的問題
格差問題、あるいは高度な資本主義経済のつけみたいなものが言われる。非正規雇用の問題も語られる。
・トヨタ主義
この事件でも関連企業である関東自動車、そして日研総業の社員が起こした事件であるということから、トヨタの利益優先主義、トヨタイズム、あるいは奥田イズムみたいなものの弊害が語られる。


犯人は人として最低のヤツだ。しかしそれで終わらせてしまっては、なんの解決にもなりはしないだろう。そういうことなのだ。人の命が軽くなっているようにも感じる。無差別に解雇する企業、期間工などの非正規雇用者を無差別に増産する自動車ライン、そのシステムも「キチガイ」だと思うのだけれど…。


トヨタへ(2)

6月8日、日曜日14時に「トヨタへ」というエントリーを書いていたのだけれど、その少し前にあの秋葉原の無差別殺人事件が起きていて、ボクは、実は少し自分自身が怖くなったのも確かなんだ。


それが期間工だとは分かっているのだよ。分かっているのだけれど、それじゃいくら頑張っても無駄な努力じゃないか、と思うのだよ。努力が報われないシステム、それが非正規雇用の問題点だということなのだよ。使い捨てられるっていう感じは、やはり絶望感に繋がるのだよ。

「道具」ということに、やっと気づいたということ、なのかもしれない。分かっていたつもりだけれど、分かっていなかったのだろうね。「真面目にやったら報われる」なんてことを、まだどこかで信じていたのだろうと思う。きっと「うまくやったら報われる」ってことなんだろうね、きっと。


正社員化という欺瞞

あるいは、トヨタがこの国の雇用問題にキチンと向き合ってないと思われる理由。

昨年2007年度は1200人というこれまでで最も多い期間従業員からの正社員登用数だったのだけれど、2007年というのは非正規雇用やネットカフェ難民、格差やホームレスなどが社会問題として大きくクローズアップされ、その構造的な問題が暴きだされ始めた年でもあった。そしてそれらの問題を象徴するような事件が起きて、先日の秋葉原無差別殺人事件においては、国民全体に「何かが起こっている/起こる」という警鐘をならしてように思っている。

トヨタ自動車がその年に最多の期間従業員からの登用者を採用した背景には「団塊の世代の大量退職」ということがあり、マスコミや組合も団塊世代の大量退職から雇用問題を楽観視する傾向もあったし、経済も退職者を見込んだ商品やサービスによって回復するようなことが言われていた、そういうことにしていた年だった。

団塊世代の退職は、なにも去年だけということではなくて、今年も、そして来年も大量にあるのだろうけれど、2007年には街中が団塊世代退職者で溢れるのではないかと思われるぐらいに世論を誘導していたようにも、今となっては思われる、

何度か書いたのだけれど、トヨタ自動車にも「2007年問題」というのがあって、これは2004年5月に期間従業員の契約期間が1年から3年という長期間雇用できるという、奥田前経済連会長が強引に改正させた短期雇用法がスタートした年からちょうど3年目の年にあたり、その初めての満了者が出る年でもあったのだ。

その3年満了者の中には、長期に渡って期間工として働き、そして社員への夢を抱き続けたにもかかわらず、何がトヨタ社員にふさわしくないのかも分からないまま、3年という期限切れのため退職することになった人たちも多かったのだ。

そういった正社員希望者には「JOIN3」という茶番のような仕組みをを作り、関連企業に押し付けるということによって、「使い捨て」という悪いイメージを回避するという大技を創意工夫した年、それも2007年だった。

この長期雇用こそ、非正規雇用問題を悪化させていて、若者をその立場に拘束し社会復帰への道を遠のかせているシステムであると思う。シニア期間従業員になることによって、確かに日給が上がるかもしれないけれど、それは1年間という間「休めない、辞められない」という満了金システムと引き換えられたものにしか過ぎない。


犯罪は名古屋をめざす

新宿とか渋谷、秋葉原なんてのを、若者はめざしていたのだけれど、「トヨタ=悪」というイメージが植え付けられると、少年はトヨタの街を目指すのだろうと思ったり…。


渡辺捷昭トヨタ自動車社長殿

このように満了2週間前においても、延長あるいは延長なしという通告が行われない期間従業員が多くて、人生設計に支障をきたしているとのことです。昨年の雇用法改正により雇用保険失業給付の受給資格に満たない人も増加しており、このままでは「使い捨て」られて、満了後に路頭に迷うトヨタOBも増加すると思うのです。


希望格差社会

というのが「希望格差社会」の説明なのだけれど、ボクもそう思う。そしてそのようなことを前のエントリーにも書いた。『努力とか希望、目標を持つということへ懐疑的になる社会、そういった風潮が「生きてゆくのが嫌になった」ということへ繋がると考える』とすると、日本の、自分の将来に絶望するということは、とても危険な世の中になるのだろうと、大阪個室ビデオ店放火にしろ、秋葉原無差別殺人事件にしろ、リンクして考え込んでしまう。



もう終わったようにも感じる。
「期間工の死」という言葉を何度も使ったのだけれど、それはシステムとして死んだのではなくて、今度は本当に生命の危機にある、ということは、もうみんなニュースを見て分かっているのだろうけれど、今度は見て見ぬふりをする。見殺しにする。

さよならニッポン!
親殺し
その前に、派遣労働者はなにも日雇い、スポット派遣だけではないということを分かっていないと、今回のような「派遣切り」があると、「派遣は日雇いが基本ですし、いつクビになってもおかしくない立場で、保証を叫ぶのはおかしく思うのは私だけでしょうね」なんてすこしずれた議論が発生する。

日雇いが基本なんてのは手配師の時代だと思っているのですが。今回話題になっているのは製造業で働いている有期労働契約を締結している非正規労働者であって、スポット派遣の人たちが「住むところがない」と組合を立ち上げたという話ではないので。

さて、タイトル「親殺し」。
11日に2件の母親殺しがありましたね。愛知県西尾市と埼玉県川口市。犯人は2つの事件とも息子、それも長男、そして45歳。あまりにも共通しているのに驚きました。

絶望感や閉塞感が、この世界的不況ということで加速する。年末ということも更に気持ちを重くする。そしてもうどうしようもなかったのでしょうね。

街はクリスマスや正月の装いで、一年中で最も楽しそうな、そして綺麗な風景のように思います。ボーナスも出た今日、あるいは来週末は忘年会のピークでしょうし、デパートや商店街は買い物を楽しむ家族で溢れる時期。そういった華やかさが、悲しみを抱えて生きている人たちにとっては絶望に繋がる。

分かっているのです。それも考え方でしょう。楽しいことはある、かもしれません。夢も、あるかもしれません。でもね、きっと40歳を過ぎたあたりから、そういう根拠なき楽観、夢や希望という将来へのイメージ、なんてのを出来なくなるのだろうと思っています。

20代、あるいは30代なら、まだ夢も希望も身近に感じることが出来るでしょう。50代後半から60代になると年金や残りの人生というハッキリしたものが見えるでしょう。40代50代前半の人たちには、将来が永遠とも感じられるほど遠く、そして霞んで見える。霞んでいるのならば晴れるのを待つということも出来るでしょうけれど、暗かったら…。

と思っています。



今日は100キロメートルほどサイクリングをした。ポタリングと言う感じではなくて、やっぱりサイクリングかな。歩くのもキツイけれど、自転車も距離が長くなると苦しく、叫びたくなる。風が強くてアゲインストだったので、下り坂でも一生懸命ペダルを踏むという一日だった。



貧困 国民総貧困時代
ワーキングプアということが言われて数年になります。働いても働いても年収が200万円にも満たない人たち。何年働いても正社員として雇用されない、それどころか時給も上がらない、という人たちの増加。例えば時給700円で始まって数年働いても100円ほどしか上がらない、という職場も多いはずです。それは雇用問題というよりは人権問題だと思いますし、ここでも何度か書いてきました。

物質的な貧困、お金がない、物がない、食べるものがない、保険がない、という人たちが「改革」という名のもとに切り捨てられてきたのが、この国の悲劇の始まりだと感じています。非正規労働者が全労働者の4割にもなるというのが「異常」と感じられない人もいて、その悲劇を労働者側の責任だけにする人も現れる。

企業は利益だけを追求する。市場経済、資本主義というのはそういうものだ、と国民へメッセージを送るのは、企業だけではなくてマスコミもそうでした。

派遣労働者という選択をしたことを自体が間違っている、なんて論調もあるのですが、転職を煽っていたのもマスコミだったのではないですか?転職がさも「素晴らしい」ことのように。転職組が実は派遣という蜘蛛の糸に引っ掛かった例もあるでしょう。

あるいは派遣会社の社長が雇用や教育の政府審議会のメンバーになる、公の場に登場して「派遣は素晴らしい」と語る。「派遣こそこれからの雇用のモデルケース」と言う。「派遣の品格」というドラマが制作されて、ヒーローが登場する。

その後押しもあって、さらに企業はその使命である利益追求だけに邁進する。「お金を儲けてはダメなのですか」なんて株屋も登場する。「お金で買えないものはない」なんていう人も登場する。企業は利益追求のためにコストカットを推し進める。トヨタ自動車でもCCC21という法を作り、そして信者に唱えさせる、というようなことをする。人々は「そうだ」と盲従させられる。呪いをかけられて。

人よりも利益が大切だと、この国が教えてくれたのではないのですか?雇用が軽視されてきたのではないのですか。特に2004年以降、企業がいざなぎ景気という未曽有の利益を上げている時期に、雇用は虐げられてきたのではないのですか。2兆円の利益を上げながら、非正規労働者の賃金を上げることもなければ、正規雇用化もその規模に応じてしなかった、奥病経営者がいたのではないのですか?法律が非正規労働者に不都合なものに替えられたのではないのですか。派遣法、雇用保険法のように。

そして労働者を守ってくれるはずの労働組合も、労働者が軽視され蔑視されているのをすぐ近くで見ていながらも、知らん顔していたのです。「仲間」と言いながら、その仲間が使い捨てられて救いの手を差し伸べていたとしても、いとも簡単に隠し持った鉈でその手を切り落としていたのではないのですか。

組合専従者は、実は会社役員だったのです。

会社は株主のものになりました。そしてその利益享受者する側、いわゆる株主の多様化というのが、利益分配を複雑なものにしてきました。非正規労働者であって株主と言う人が多く出てきました。デイトレで儲けた、なんて人が多く出てきました。トヨタ期間従業員で稼いだ金でトヨタの株を買う、という人は、労働者としての利益を上げれば株主としての利益が下がる、というパラドクスが生じる。

甘い汁を吸う人が増加していったのです。その甘い汁は、実は非正規労働者や中小企業という弱者から抽出されたものだったのです。テレビに出て「今月は20万ぐらいかな」なんてデイトレの利益を満面の笑顔でテレビカメラに向かって浮かべていた主婦の方もいました。

いえ、それら全てが悪いというのではありません。そして派遣労働者が期間工が、そういった非正規労働者の考え方が全て正しいと言っているのではありません。

何年も働いて「明日の食べるものもない」という状況にある、というのも疑問です。いくら派遣社員としての雇用だとしても。借金返済ということで派遣会社を選んだ人もいるでしょう。そういう人たちは数百万円の借金を返済するために、毎月ギリギリの生活だったのでしょう。その借金の原因にも問題があるはずです。

ギャンブルが原因だったかもしれません。そういう人の話のほうが多いように思います。そういった自己責任もあるでしょう。こうなることを想像できなかったということも問題かもしれません。

物質だけの貧困がこの国に蔓延しているのではないのです。物質だけならどうにかなるでしょう。23兆円を注ぎ込めば何かの効果はあるでしょう。

でもね、精神の貧困、想像力の貧困が、蔓延、というよりも、この国を蝕んでいるように思います。助け合おうとしない人たち、自己利益だけをまるで企業のようにコストとしてしか想像できない人たち、哀しみをイメージできない、苦しみをイメージできない、そして寒さや痛みを、今現実に隣人が味わっているというのに、責任論を、この時点で言う人たち。

イマジネーションの貧困、それがこの国の悲劇だと考えています。
それを救済するのは、国家予算なんかではなくて、ちょっとした意識だけだと思うのですが。



期間工そして失業者として
そう言えば(というのもおかしいかな:)ボクも失業者で、そして非正規労働者として働いてきたわけだけれど、ボクは自分自身の現状をある程度、自分に責任があると思っている。理不尽な使われ方からの退職(それも我慢すれば良かったのかもしれないけれど)そしてトヨタ自動車の期間従業員という選択、就職活動での失敗からの期間従業員としての再赴任、満了、再赴任という就労方法を取ったことが「間違いだった」そして「そういう選択をした自分に責任がある」と言われれば、きっと、そうなのかもしれない。

ボクの場合は、どうも「しかたないよね」と思っていて、それはボクの選択や世の中の仕組みや、政治なんてことに、対しての「しかたないよね」だったように思う。

ただ、多くの場合は、その道を選ばざるを得なかった、という事情もある。年齢、収入、そして地方の就職難(求人倍率の中には派遣会社の求人も含んでいるので、求人倍率をそのまま鵜呑みにはできない)ということ、それ以外に住居の問題などから派遣社員として働く人もいるだろう。

そういうことを理解して、そしてこうなることを予想出来ている人たちは、今回の雇用崩壊という問題に直面しても、冷静に対処するのだろうし、トヨタや大手企業から直接雇用されている期間従業員たちは、非正規という就労方法の中でも安全な選択をしたのだろうから、満料金や慰労金というまとまった収入が、その直近した退職と同時にあるのだし、そして失業保険の給付も多くの人はあるのだろうから、この状況にあっても冷静でいられるのだろうと考えている。


3万人という失業者のほとんどは、大小さまざまな、中にはペーパーカンパニーとも思われるような派遣会社に雇用されている人たちなのだろうと思う。そこが今回の問題の解決を難しくしている。

それに全てを労働者の責任にするのは、あまりにも、今度は逆に無責任だと思うし、あまりにも容易すぎると思っている。

このブログは、そういった責任の在処、というか、何が間違っているのかということを書いているのである。雇用というものを虐げてきたこの国の仕組みに、企業に異議ありと何度も書いているのだよ。トヨタだけが悪いのではなくて、そのような法律に変えてしまった政府も悪いだろう、そして何も言えない組合、ということだ。

虐げられた雇用の最大の被害者は非正規労働者だったのだから、善悪の観念などを問われることは、ボクは今回の場合はない、と思っている。各々のケースによってはあるかもしれない。しかしそれはここでは、そして雇用問題を語る時に必要ないことなのだから。

極論が多くなってきている。問題は、労働者の4割もが非正規労働者になったこと、そしてそれによって企業が利益を上げてきたこと、政治も企業も無策にも「切る」ことしかできないイマジネーションの喪失、なんてことを、何度も何度も書いているのだけれど、「お前は国が無くなってもいいのか」なんてメールもいただく。(返事はいちいちしませんが)、そうではなくて、はじめに国民(労働者あ)ありき、なのだということなのだ。

国がなくなってもトヨタがあるのが良いのか、国があってトヨタもあるのが良いのか、ということなのだよ。最悪は国もトヨタもなくなくということなのだけれど…。そのためには、昨日も書いたのだけれど、誰が苦しんでいるのか、誰がどうすれば良いのか、ということをイメージすること、考えることから始めないと、この国が終わると言っているのだ。


こっちも更新中。
四国遍路

少し驚いた。少し信じられなかった。少し怒りを感じた。少し不思議だった。少し苦しかった。……。よく分からない感情が少しずつボクの中にあった。雨靄が立ち込めていた。名残の雨が降っていた。

ボクは動けないでいた。
労働組合の意義
大企業の労働組合が企業の役員だったということが、今回の派遣切りでハッキリしたのではないかと思っています。派遣労働者が独自に組合を立ち上げなければならなかったということ、あるいは、どこからも今回の雇用虐待、雇用危機において使用者側に異議を唱える声が聞こえてこないというのは、まったく不思議というか、労働組合の神秘性を垣間見たように思います。

あるいはカルト集団なのかもしれません。そのうち出てきて委員長の血のイニシエーションなんてのをするのかもしれないと、真面目に思っています。専従者の中にはヘッドギアを付けていて、会社創始者の声を四六時中聞いているという噂も。そして中には空中浮遊が出来るひともいるという噂もあるのが恐ろしい。そしてエアダクトから、微量の薬物を流して組合員である社員の脳を覚醒させているらしい…。

企業内宗教。

それか、企業という敷地内から出ることのできない臆病者なのかもしれませんね。チンカス野郎が何もできないで、会社の顔色を窺うという姿を想像すると、なんとも情けないというか、組合というのは実は鎖に繋がれた犬なのかもしれないと思っています。

犬ならばまだ吠えることもあるだろうけれど、この犬は声帯手術をされて、そして去勢されていると思うと、なんだか憐れにも思えて、少しだけですけれどウルウルなってきます。

企業内ペット。

その企業で働いている労働者が、その企業にある労働組合に頼ることができないで、他の組合に頼ったり、数人で組合を立ち上げなければならない状況がどうも不思議だと思っているのです。

大企業の教団、いや組合よりは、ガテン系労働組合のように命懸けで企業とかけ合ってくれるくれる組合に加入する方が、安心だと思うのですが。特に毎月お布施、いや組合費を回収されて結局救われないのならば、違う組合に入ったほうが良いのかもしれませんね。

そうそうトヨタだってATUなんて新興宗教、じゃなくて、新しい組合があるのだし。

さてと…。



「非正規労働者は守れるか」なのか?
実に悠長な話であるようにも感じている。
昨夜のNHKスペシャル「非正規労働者は守れるか」を見た感相なのだけれど、どうも政府にも危機感がないようだね。「政府にも」というのは、もちろん本人たち非正規労働者たちからも伝わってこなかった、ということだ。

せめて公共の場に出る、それもNHKという国営放送の取材ならば、カメラが回っている間ぐらいは禁煙できないものなのかなあ、とボクは思ったんだよ。国営放送というぐらいだから、どちらかと言うと国寄りなのだろうし、いかに国家予算を自分たちに多く回せるかなんてことを考えていてもおかしくない、としたら、「雇用問題に23兆円も(「も」だよ)使うのかよ〜」なんてことで非正規雇用の問題を展開する人も、きっとおられるだろうし、ね。

だとすると、意図的に「喫煙シーン」が「保険証もない」というシーンに重ねられたのは、明明白白というものだと。その前の「所持金800円です」というシーンでも(その前後だったか)喫煙シーンがあったし。

NHKが悪いのではない。自分たちが今置かれている状況がどれほど過酷なものなのか、訴えたいのならば、せめてカメラが回っている間だけでも禁煙しないと、「ん?」と感じる人が増えるということなのだ。

確かに劣悪な環境の中で暮らしていて、タバコでも吸っていないと、あるいはそういった環境が禁煙を妨げた、のかもしれないけれど、毎度毎度そのことで言われるのだから。

ま、それでも禁煙するためには、精神的に落ち着いていないといけないだろうし、生活に満足していないと精神的安定は困難だと、考えると、そういう環境もなかった、あるいは自暴自棄になって「健康よりは喫煙」ということなのかもしれないと思うと、その環境整備も含めた非正規雇用を守る対策をしてもらいていと思ったのだけれど。

そして実は非正規労働者の多くが喫煙者で、たばこ税増税による被害者であるし、収入源でもある、というメッセージなのかもしれないと思ったのだけれど。

タバコを吸うシーンは特に流す必要もないと思うのだけれど、そこにNHK側の(例えば上記のような)隠されたメッセージがあるのだろうと思っているのだけれど…。


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