トヨタ期間従業員に行こう

トヨタ自動車期間従業員であった筆者が期間工、派遣社員、非正規社員についてや雇用の問題そして1年間にわたる失業生活、その後のタクシー運転手としての日々なんかをぬるめに書いています。

山岳遭難…今日の中日新聞で考えたこと
1月10日付:中日新聞

長野県北アルプス・明神岳で昨年12月31日におきた山岳遭難事故に関する記事が10日付の中日新聞に出ていた。

「仲間探し出す…絶対〜雪崩に途切れた足跡 同行者は誓う〜」というもの。

おそらく探し出したとしても二人の身体が無事である可能性は低いだろう。たとえそうであっても彼ら山岳会以上に二人の家族にとっては、見つかるということはとても重要なことだと思う。

ただ、正月早々に二次災害の危険がある中救助活動を行った多くの人々が被った犠牲のことを考えると、こういった遭難事故が美談として語られることに、少し違和感をおぼえるのだけれど……。

「ラッセルの練習のため」二人を危険にさらしてしまったことを考えると、リーダーの責任は重いと思う。

いや、粛々と捜索しているのをマスコミが取り上げて騒ぎ立てている、ということなのかもしれないけれど…。そうなると、マスコミが被害者を増やしているのかもなあ…。

なんて、考えたのだけれど、みんなはこの記事をどう見ているのかなあ…。

北アで愛知の2人不明 明神岳、付近に雪崩跡 - MSN産経ニュース

城狐社鼠
東愛知新聞1月13日付の「古今東西」
金で人の価値が決まったり精神練磨ができるのか。何でも“支援は金”と。あきれた“金権愚策”が出た。
企業に“お金あげます”精神的…人嫌い…悩み抱える若者も採用正社員にすれば「一人15万円(苦労せずにいいもうけ)出します」と。厚労省。“小役人根性”の新政策バラマキ。
「人を金で売り買い」卑劣な「白狐社鼠」(城を住処で食い物にする)の考えそうなこと。受け売り政治が政策発表とは笑止。一方の鵜も発表“鵜呑み丸飲み”大卒就職先が決まっても昨年十数万人が就職せず。バイト暮らし。
そんな“身勝手自分主義”多数若者。雇用側も役立たず・就職側もやる気なし。半年で退職続出したらどうする。結果は明らか。
論語に説く「人にして信なくばその可なるを知らず。大車輗(くびき)なくば何を以てこれをやらん」と。人間の身で信頼できない者が何の用に立つ。牛車に軛がなかったら牛車を走らせることができようか
まさに道理外れの為政の理逆撫での愚策。小手先の愚策よりまず信頼に足る若者へ人間教育の第一歩からの出直しが優先である。
(改行位置を変えました)

政府が、今年度補正予算案に「若者・子育て支援」として2200億円を盛り込んだことを言っているのだろう。

若者の職業訓練、企業に月15万円 子育て対策も拡充へ (朝日新聞デジタル) - Yahoo!ニュース

確かに、その効果には疑問はあるとしても、「昨年11月時点(原数値)では全体が4.0%だったのに、15〜24歳が6.5%、25〜35歳が4.9%だった」という若者の高い水準の失業率をどう解決するかというのが、この国に課せられた喫緊の問題であることは異議をはさむ余地もなく、その方法(政策)をどうするかということ、その一つが今回の政策、だとすれば、若者に対してこれぐらいの金は使ってもいいのではないかと思う。

この記者は失業者の苦しみを知っているのだろうか。どうしてその十数万人が就職せずにバイト暮らしをしているのか、その原因を分かっているのだろうか。そして今の就職活動の状況を知っているのだろうか。「精神的…人嫌い…」になぜなるのか理解しようとしているのだろうか。いつものように「介護でも、タクシー運転手でもなんでもあるじゃないか」なんてことを押し付けるのだろうか。

「就職先が決まった」人たちのほとんどが、彼らの第一志望あるいは第二志望なんてところではなくて、十数社、あるいは数十社にエントリーしてやっと「決まった」就職先なのだ。もうその時点で自尊心なんてものははく奪されてしまっている。それは多くの失業者が感じるもので、中には失業鬱になる場合だってある。ボクだってそうだった。そして彼らの言うように「介護でもタクシー運転手でもなんでもあるじゃないか」という道を、ある意味泣く泣く選んだのだ。

そういった「就職先」に果たして希望に満ちで入社出来るのだろうか。中にはブラックという企業もあるだろう。就職浪人やバイトする人たちの多くは、彼らの希望する仕事に就きたいと願う人が多いのだ。なんでもいいからどこでもいいから就職しろ、なんてことを大人たちが言うものではないと思う。それは大人たち(この記者のような老人たち)の言い分なのだ。

いや、この政策をとやかく言う前に、現状の失業者対策について細かく分析して批評してくれ。それが報道に携わる人の責任ではないのか。例えば職業訓練校、これにどれほどの税金が使われているのか、そして就職率、離職率なんてものを細かく調べて「金権愚策」なんて書いてくれ。あるいはエコカー減税なんて「企業に“お金あげます”」政策を分析してくれ。

国家が企業がステレオタイプの若者、ちょうどトヨタのラインで黙々と働く若者のような人たちを造り出してきたのではないのか。そして若者の多くはトヨタのような大企業に勤めることが幸福だと洗脳されてきたのではないのか。

豊橋市や田原市の農家がその15万円を使って、若者を雇用する。その中から就農する若者が出てくる。そんな使い方だってできるはずだ。「企業」と聞けばすぐに大企業しか想像できない人たち、そしてその予算の使い方もイメージできない人たち、そういう老害もこの国のひとつの問題だと気付くべきなのだ。

という前に「白狐社鼠」は「城狐社鼠」の誤植だということに気づかないところで、あなたたちに甘えがあるのだよ。夢も希望も見いだせない社会を造り出してしまった責任ってのは、なにも政治だけにあるいは当の若者だけにあるわけではないだろうに…。

白狐社鼠 東愛知新聞「古今東西」
若者の職業訓練、タクシーどうでしょう?
高齢化である。運転手の平均年齢56.6歳というデータもある。定年過ぎに入社する人もいて、元気ならばいつまでも出来るというこれからの我が国の高齢化社会における雇用を支える業種でもあると言える。高齢化のみならず雇用問題解決の鍵となるであろうし、これまでもセーフティネットとしての役割も果たしてきた、それがタクシー業界である、と思う。

運転手になるためには二種免許が必要だが、それも入社後に取得させてくれる研修制度をほとんどのタクシー会社が採用している。要するに運転免許さえあれば、たぶん、よほどの人ではない限り雇ってくれる。過去のことなんてのも、これまたよほどのことがなければ不問である(きっと)。雇用問題だけではなくて、犯罪者の更生施設としても貢献をしているのがタクシー業界なのだ。

あるいは「子ども避難所」とか、コンビニの「タクシー立寄り所」のように、地域の防犯に協力している現在の町火消、め組の辰五郎ってのがタクシー運転手なのだ。

これほどまで国や社会に貢献していても職業的地位は低い。「将来なりたい職業」ベスト10どころか100にも入らないかもしれない。新卒者がエントリーシートを送ってくることもなければ、面接にくることもない。海外の貧困救済のためになんて青年海外協力隊に応募する若者はいても、国内の雇用問題と更生問題解決のためにタクシー会社に応募する若者はいない。

村上龍さんが「13歳のハローワーク」で紹介したとしても、例えば子どもが「ボク/わたし、大人になったらタクシー運転手になる」なんて言ったとしたら、きっと親御さんは猛反対するだろう。そして逆にタクシーというものを呪うかもしれないし、村上龍さんに抗議のメールを送るかもしれない。

社会貢献していてそしてこんなに楽しい職業なのにどうしてみんななりたがらないのか不思議でたまらない。きっとこれまでその楽しさを伝えてこなかったからだろうと…。というか、蜜の味は秘密にしておきたいと…。ライバルが増えるのを運転手自身が抑えたから…。なんてことだろうと思う。

確かに事故というリスクは常に付きまとうけれど、それはどの職業でも、一般ドライバーでも同じこと。たぶん、人身事故率ってのはタクシー運転手のほうが低いはず。チノパンのような死亡事故を起こしたなんて聞いたこともないし…。

ということで、補正予算につけられた600億円の若者の職業訓練に対する予算をタクシー業界に使わせていただくというのはどうだろうか。二種免許も無料で取得してもらい、月々の給料プラス15万円を支払うということにすれば、若者もこの業界に入ってくる。タクシー会社にしても、願ったりかなったりの制度なのだ。

交通権の問題もからめて、今後は介護タクシーや福祉タクシーなんてものの需要が高まる。地方では通学にタクシーを利用する自治体も現れている。車を売るために税金をたっぷり使うのではなくて、クルマを利用するために税金を使う税制度の改革が必要なのだ。そして運転できない人たちの足代わりになるタクシー業界に若者を雇用するために、600億円が使われるってことに、誰が異議を唱えるのか、と思うのだけれど…。

 目玉は、失業中や非正社員の経験しかない若者を雇う企業への支援だ。こうした若者を非正規で雇った上で、プログラムを作って訓練すれば、月15万円を最長2年間支給する。さらに正社員にすれば年50万円を最長で2年間支給する。対象年齢は35歳程度までにする方向で調整している。新制度のため補正予算案に600億円を盛り込む。

朝日新聞デジタル:若者の職業訓練、企業に月15万円 子育て対策も拡充へ - 就職・転職

馬車
クルマだけではなくて馬車とかリキシャーなんてのだと人気が出るかもね。
先生はえらい
内田 樹先生の「先生はえらい」ではなくて「先生はこわい」のだ。

タクシー運転手13人に聞いた(びみょうな数字だけれど…)「最も嫌な客」で、やっぱり1位になったのは教師だった。理由は、これまたやっぱり「先生はえらい」からみたいだけれど、2位の医者ってのも「先生」で「えらい」人、えらいはずの先生たちがタクシー運転手にとっては嫌な客でこわい存在なのだ。

もうひとつの「えらい」「先生」である議員さんについてはなぜだか人気があって、たぶん好きな客ベスト3に入るのではないかと思う。だってタクシー運転手だって有権者だし一票だからね。おまけに何言われるか分からない人たちでもあるわけだし…。
タクシー運転手に聞いた嫌な客グラフ
1位・・・教師(5人、38%)
2位・・・医者(3人、23%)
3位・・・バカなカップル(3人、23%)
4位・・・営業の人(1人、8%)
5位・・・主婦(1人、8%)
(#酔っ払いを除く。でも「酔っ払いの教師」だと50%を超すかも…)

どうして先生は嫌われるのだろうか。理由はこれまたやっぱり「えらい」からだ。先生はえらい、だから偉そうにするのは当然なのに、それが分からないボクたち運転手がバカなのかもしれないけれど、車内という密室でもいつものように上から目線で高圧的な態度をとり、自分の父親、あるいは祖父という年齢の運転手に対しても「運ちゃん」なんてちゃん呼ばわりして、中には説教もする先生様もいるらしいのだから、そりゃ嫌われる。酔っ払うとこれに体罰も加わりそうになるから更に性質が悪くなる。

もちろんすべての先生ではなくて、かなり少数なのだけれど、「自分の職業を言う」あるいは「先生」と呼び合うのも先生の特徴で、結局そういうおしゃべりなところも嫌われる理由になっているのだろう。「田中さん」とか「鈴木さん」とかで良いのにね…。

社会経験も乏しく、というか全くなく、いきなり「先生」と呼ばれ、強者として密室に一日中いるのだから、何かが狂わないほうがおかしい。それにもともと頭が良い人たちではないし…、だから知らないこと、分からないことも多いのだ。

ボクが親だったら、そんな先生に子どもをあずけるなんて怖くて出来ない。(出来る「親御さんはえらい」と思ったり)

そんなえらい先生たち、ボクたち運転手にも手をあげそうな先生たちが、弱い立場の子どもたちに体罰を加えないほうがおかしい、と思う。よっぽど精神修行していなければ、あるいは、よっぽど投げやりな先生でなければ、指導という名の加罰を堪えることが出来ないではないのかと思う。

いやそれは愛情かもしれないけれど、そして暴力教師はそう言うのだろうけれど、ほとんどの場合はDVみたいなもんで、「愛情」にすり替えているだけなのだ。DVがなくならないように、教師の体罰もたぶんなくならない。教師がどれほどえらくなったとしてもなくならない。いやえらくなればなるほどなくならない。だってそれが人間だからさあ。

そしていつまでも「タクシー運転手が選ぶ嫌な客ベスト1」に輝き続けるのだろうと思う。えらくなればなるほど大差をつけて1位になるのだろうと思う。

先生はえらい (ちくまプリマー新書)

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豊川工業高校の体罰事件で考えたこと
英語教師のMは、ボクたちが宿題を忘れたとかテストの点数が悪いなんてときには、廊下に正座させては殴る蹴るなんてことを平気でしていた変態教師だった。そのことを隣の教室にいた教師も、あるいは管理者である教頭や校長も知っていたのだろうけれど、とうとう最後までその悪癖は止まることがなかった。

ボクたちの誰ひとりとしてMのことを恩師なんて尊敬をもって呼ぶこともなかったし、こうして数十年過ぎて時効の時が来たとしても彼を赦していないと思う。

……。

豊川市という身近な場所が体罰でクローズアップされる。学校の生徒や父兄、卒業生や監督の知人なんて人たちの話が聞こえてきて、ずいぶんと体温を感じる事件となる。そうなると少し違った見方をするようになる。

朝日新聞デジタル:豊川工高陸上部監督が繰り返し体罰 学校ぐるみで隠す - 社会

学校ぐるみ、というか、親子ぐるみ父兄ぐるみで隠してきたのだろう。“竹本校長は、この2件の体罰を発生直後に把握したが、「保護者や被害生徒本人に『伏せておいてほしい』と求められた」として、今月25日まで県教委に報告していなかった”ということは真実なのだろうと思う。

そして事件が明るみになって大きく取り上げられたとしても、関係者の多くは監督の処分を望んでいない。それどころか監督のこれまでの実績と相殺しようとする。いや、その前に「保護者や被害生徒本人」だけではなくて、在校生、卒業生、学校関係者が「伏せておいてほしい」と思っていて、そうした空気が事件を隠ぺいする要因となったし、真相究明なんてことの妨げに、処分のゆるさに繋がっている。「みんなのために黙っておいてくれ」なんて言われたのかもしれないし、村八分という恐怖が身体の片隅をよぎったのかもしれない。

彼らがどうして「伏せておいてほしい」と強く念じるのかと言えば、陸上部というブランド力によってもたらされる進学や就職という利益があるからなのだ。「みんなの利益ため」なのだ。みんなの利益>ひとりの利益、というごく普通の図式にはめようとする。そしてそうすることが当事者たちにとっては、これまたごく普通のことなのだ。

例えば豊川市内や豊橋市内には「豊川工業高校陸上部」という強い絆があって、それは見えたり見えなかったりするのだけれど、有効に働いている。その絆を「コネ」と言ったりもする。「コネ」での進学もあったりする。これから卒業する在校生にとってはその「コネ」の弱体化はとりあえず恐怖になる。「伏せておいてほしい」のだ。

卒業生にとっては絆=ムラの消滅は彼らのアイデンティティの消滅であって、力の消滅なのだ。彼らを守ってくれる、見えたり見えなかったりするものがなくなるというこれまで経験したことのない恐怖におびえている。

そう考えると、桜宮高校在校生の記者会見や、保護者らが応援団をつくるなんて不可解な行動も理解できる。さしせまった進学や就職に「体育科」という力の消滅が恐怖なのだ。体育科入学とともに約束された就職や進学が破棄されてしまう。内申書にだって響くだろう。

保護者にとっては、あるいは本人たちも、一発二発殴られるよりも就職難のご時世、なにがなんでも進学したいし就職したいのだろう。そして、これまた、なにがなんでも自分たちのムラを守りたいというのは人間の本能でもある。民族、宗教、国家、ありとあらえる集団で「伏せてほしい」ということが起こり誰かが犠牲になっているのだろうけれど…。

全ての人が「体罰反対」なんてことにはならないと思うし、家庭や会社でも「体罰」が行われていて、それはなにも殴る蹴るだけではなくて言葉によるものだったりするのだけれど、きっとどんなに騒いでも、法律で禁止されても、体罰ってのはなくならないのだろうね。「先生はお前のことを思って」なんて愛とすり替えられるしね。そしてその「愛」という免罪符とともに暴力が肯定されるわけだし…。

要するに「愛」があるところ「暴力」もあるってことだ。

桜宮高 保護者ら応援の会結成 「市長の発言は言葉の暴力だ」 ― スポニチ Sponichi Annex 社会
豊川工業高校もか!?|尾木直樹オフィシャルブログ「オギ☆ブロ」Powered by Ameba

2013年1月26日の雪
雪、下地町あたり
別府大分毎日マラソン
今年のレースはずいぶんと白熱したね。ボクは中本選手を応援していたのだけれど…。でも、そんなレースのことよりも、懐かしい風景やそれに連なる想い出なんてのに出会うために見ているんだ。そういえば去年も書いたっけなあ…。別府大分毎日マラソン
別府大分毎日マラソンを見ている。マラソンが好きというわけではなくて、懐かしい風景、そして想い出なんてものが溢れている。ああ、もうすぐ観光港で、いつも行ったきりん亭なんてのが映らないものかと目を凝らす。別大国道もボクが住んでいた頃なんかよりもずいぶんと変わってしまっているのだけれど、背景に見える高崎山は相変わらず別府湾の中へ遠慮しがちに、その綺麗な足を、差し込んでいる。
「ずいぶんと変わってしまった」のは風景だけではなくて、ボクたちだって変わってしまっている。ずいぶん前に「じゃあまた」と約束した人にもう逢えなかったりもする。あの頃の風景にもう会えないように…。すべてはほぼ等しく変化している。すべては滅亡へと向かっている。20年後にはボク自身土に還っているかもしれない。思い出だけが永遠となる。「じゃあまた」と別離れたあの人の笑顔が永遠となったように。
子ゾウマーラ・・・それでも群れ飼育を中止しませんか?
高齢化社会である…。

おばあさん「象のマラが動かないんだってねえ」
ボク「マーラですよ」
おばあさん「そうそう、マラ。子どものマラ」
……。

マーラの骨折は深刻な状態らしくて、今日の地方紙(どこかは忘れたけれど「東日」か「東愛知」)の情報によると、治る確率はかなり低くて、おそらくこのまま寝たきりになる可能性が大きいらしい。二歳にして寝たきりになってしまった。

計画されている象の群れ飼育の施設内でその姿を見せるのだろうか。そんな寝たきりマーラを見た子どもたちはどう感じ、どう思うのだろうか?例えば「飼育」するという人間のエゴを考え、動物の哀しみを理解し、優しさを学ぶのだろうか。「ああ、なんてかわいそうなマーラ」なんて涙する子どもたち…。

あるいは、寝たきりになっても生きて行こうとする姿をみて「ボクも頑張らないと」なんて考える子どももいるのだろうか。ほんとうに象飼育によって「子に幸せ」が訪れるのだろうか。

ボクが知る限り「反対」の声のほうが多い。それも圧倒的に多い。いったい誰が賛成しているのだろうかと思うほど、多い。そして誰もが違和感を覚えている。

たぶん、マーラは治らないで死ぬ。そうしたらまた飯村のどこかに穴を掘って埋めるのだろうか。群れで飼育、それも人工飼育することの弊害はかならず出てくる。ニホンザルや鹿なんてもともとこの国にいる動物と同じように考えてはいけない。フルサト遠く連れてこられた象をわざわざ閉じ込めて飼育することにどれほどの意味や意義や価値なんてものがあるのだろうかと思うのだけれど…。

……。

おばあさん「象の介護施設も必要になるかねえ」
ボク「そうですね。象の福祉問題も起こりそうですね」
おばあさん「わたしたちよりも優遇されちゃこまるじゃんね」
ボク「まさかそれはないと思いますけど」
おばあさん「数十億円もかかるんなら、病院に行くタクシー代をタダにしてもらいたいねえ」
ボク「婆より象ですかねえ(ボソ)」
おばあさん「そうなると象もかわいいけれど憎くなるね」
ボク「愛象(愛憎)っていいますしね…」
おばあさん「マラ、立てばいいのん」
ボク「マーラだってばあ」
おばあさん「そうそう、子ゾウのマラ」

……。

子ゾウのマーラ骨折
子ゾウのマーラ骨折

子ゾウのマーラ、両前脚を骨折 愛知、懸命リハビリ作戦 (朝日新聞デジタル) - Yahoo!ニュース

寺本ひろゆきが行った あなたはゾウの群れ飼育に賛成ですか?  反対ですか?
唐獅子牡丹
チョコレートの日が間近である。
たぶんデパートの売り場は混雑していて義理という空気で窒息しそうになっているに違いない。この国では義理を欠いては窮屈だ。義理は、たぶん、人命の次に重い。健さんも歌っているように義理は重い。男の世界だけではなくて女の世界でも重いのだ。というか、女の世界にそのキーワードを持ち込んだのがチョコレートの日なのだ。OL以前は義理は男の世界だけのものだったのだし、女性が公然と異性に贈り物をするなんてはしたない行為だったのだし…。
義理と人情を秤にかけりゃ
義理が重たい男の世界
幼なじみの観音様にゃ
俺の心はお見通し
背中で吠えてる唐獅子牡丹

唐獅子牡丹 高倉健歌

最近は友チョコなんて義理だけではなくて友情までも利用して商売増々繁盛、遠隔操作よろしく簡単に操作されてしまう国民でもある。そのうち墓チョコなんてのも…。それはそれで微笑ましくもあるのだけれど…。

ということで、微妙なアンケートシリーズ…。
タクシー運転手8人に聞いた「バレンタイン、チョコレート欲しい?」

微妙なアンケート「バレンタインチョコ」

1位…いらん(5人)
2位…どちらかというといらん(1人)
2位…もらっていいかも?(1人)
2位…ほしい(1人)

「いらん」「どちらかというといらん」を合わせると75%もの人がチョコレート(義理)をいらないと思っている。欲しいというのはわずか2人。男たちはそんな義理チョコなんて欲しくもなんともないのだ。それどころか「後がめんどくせ〜から」なんて日本人の贈与文化、やったりもらったりを疎ましく感じていたりするのだ。微妙なアンケートだけれど…。

それでも「どうぞ」なんて渡されると、「いえ、そんなものはもらえません」なんて断固拒否できるかというと、それもかなり微妙で、やっぱり「あっ、どうも」なんて感嘆語付でニヤケテしまう情けない男たちも多いのも事実。

「いえ、宗教的事情で」とか「いえ、父親の遺言で」とか「医者に止められていますので」なんて言える男がどれほどいるんだろうか。「もらうものはもらってしまえ」的に「据え膳食わぬは」的ないやしさも見え隠れしたりもする。あ〜いやだいやだ、そんな男はいやだ、きっとなんでももらってしまうに決まっている。

それでも、きっと、「はい、どうぞ」なんて言われると「あっ!どうも」なんてもらってしまうのだろうなあ……。だってしかたないじゃんね「義理が重たい男の世界」だもんね。

「つきあい上しかたなしにする行為」
ぎり【義理】の意味 - 国語辞書 - goo辞書

HeartRails | 個人向けサービス
金縷梅
徹夜明け(非番なんて言うけれど)は、とにかく寝る。朝帰ってから次の朝まで寝たりする。そんなときは決まって夢をみる。うなされて目覚めたりする。夢の多くは昔のことだったり、故郷のことだったりする。今朝もGさんの夢をみた。

どこか外国の、木枠のガラス戸の多い、土間のある家に住んでいるGさんのために二段ベッドを作っていて、それが完成したところで目が覚めた。「1000本の釘を使ったんですよ。これが999本目。性格かなあ」なんて言ったところで目が覚めた。

Gさんのことは以前に何度か書いたかなあ…。
驟雨 | トヨタ期間従業員に行こう

「春は名のみの 風の寒さや」
休日は相変わらず引籠っている。なにもしない、なにも思い煩わない日があるということが幸せなことなんだろうと思いかえる。独りでいることに幸せに思うようになるってことも、幸せなことかもしれないね。

人と繋がりたいと思ったり、またその逆を思ったり…。そういったことから解放されると、生きるってのもけっこう楽なことだったりするのだろうけれど、全くの幸福感ってのは実は何も生まないのかもしれないね。世の中のほとんどのものは不満から起きているわけだし…。

日曜日の朝、一青窈さんの「遠くへ行きたい」は良いね。今日は室井滋さんの旅だったので、なおさら良かった。梅も咲き始めているようなので、今日は近くの公園へ行きたいなあ。さてと朝ごはんでも食べるか。

金縷梅 豊橋公園
豊橋公園の金縷梅。
父親の命日だった。これほど寒い日に亡くなったのかと思った。
檀蜜さんの本命チョコの行方
「日本一美しい隣のお姉さん」(らしいのだけれど…)檀蜜さんのチョコレートの行方はタクシー運転手だったらしい…。今朝のサンジャポで言っていた。「へえ〜」なんて言いながら(ちょうど朝食中だったんだけれど)その瞬間のスクリーンショットを急いで慌てて撮った。たぶん、きっと、全国数万人のタクシードライバー諸兄は、やっぱりボクと同じように感動して「へえ〜」なんて言いながら、中には涙を流しながら、中にはこ踊りしながら、中にはHなことを想像しながら、そんで中には「ありがたや」なんて拝みながら、喜んだに違いない。

サンジャポ、檀蜜さん

お客さんからチョコレートを貰うようになれば一人前、なんてこともないのだろうけれど、でも知らない女性から貰ったとしたら…ちょっと気味が悪くて食べるのをためらうかもしれない…。きっと捨てるかもしれない…。

貰った運転手も、その女性が檀蜜さんとは気づかなかったとしたら、きっと食べるのをためらい、捨てたかもしれないなあ…。ボクだったら、やっぱり食べるのをためらうか…。相手が美しいほど、ためらうかもしれない…。手作りだったりしたら、もっと警戒するかもしれない…。普通の包装したものだったら、注意深く観察してピンホールなんてものがないかなんてチェックして食べるだろうけれど…。

チョコよりはチップ、なんて運転手も多いと思う。古き良き時代はチップで一日の食事と煙草代になったらしいのだけれど、最近は…。それどころか値引きを強要するお客さんもいたりして…。来年は、チョコチップクッキーをくれる、そんなおしゃれなお客が現れることを期待したりしながら…。寝るか。

Daskalides
ダスカ
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