トヨタ期間従業員に行こう

トヨタ自動車期間従業員であった筆者が期間工、派遣社員、非正規社員についてや雇用の問題そして1年間にわたる失業生活、その後のタクシー運転手としての日々なんかをぬるめに書いています。

イオン復縁宣言
トヨタ期間従業員に行こう | イオンカードが作れない理由(2)

なにが「生活応援宣言」だよ「非正規切捨宣言」じゃんかよ〜。分かった、もう多くは語らない。「イオン絶縁宣言」だ。んでもトイレは利用する。試食もする。ま、立ち読みや、マッサージ椅子も使い放題だ。文句あっか。

ふん、岡田も岡田だ…。


人間なんて50円とか100円で、主義、主張、信念、思想、哲学、イデオロギー…なんてものを変えてしまえるものかもしれないと、思っている。

おぢさんはスーパーマーケットが好きなのだよ。特に生鮮売場、鮮魚とか野菜売場は故郷のにおいがして、どこか懐かしくて、時が過ぎるのを忘れてしまったり、遠く子どもの頃のことなんかを思い出しては、物思いに耽ったり、する場所だと思っている。タマネギやジャガイモに母親の作った肉じゃがやカレーを想い、アジやイサキに父親と泳いだ海を感じる、のだ。

おぢさんたちは旅人、想い出という荒野を海原を漂流する…。

ごめんごめん、やっぱりね、マックスバリューは安いのだよ。旅のついでに、ついつい買物をしてしまうのだよ。漂流に疲れ果てた身体には、その「50円の安さ」がグッとくるのだよ。

感時花潅涙
恨別鳥驚心



スーパーをはしごするおぢさんもいて、例えば5軒のスーパーを使い分けている、なんてことになると、もうそのほとんどの店の棚割りまで記憶していて入口から売場までを最短距離で行くことが「玄人なんだよ」なんて独り言ちたり、するのだ。

ある日の午後、おぢさんは、いつものように「スーパーマーケットにでも行くか」(この場合は短縮しないで「マーケット」まで言うのがおぢさんのコダワリだったりするのだけれど)なんて、これまた独り言を言ってから立ち上がる。目的は昨夜切らした「スリムアップシュガー」だったりする、のだろう。(玄人もメタボは気になるからね;)

そして近くのスーパー(マーケット)に行くと、そのなんとかシュガー50本入りが328円だったりして、おぢさんは買うのをためらうのだ。だってその商品は298円で売られているということを知っているから…。30円が高く感じる、それは200円台と300円台という視覚的なものや聴覚的なものという、人の感覚に対する違和感、要するに感性を微妙に圧迫する差なのだ。2000円と3000円よりもそれは大きい。

そしておぢさんは「んじゃ生協に行ってみるか」と、そのスーパー(マーケット)を後にしようとする。その時に近くの乾物売場にあるパスタの値札に目をやった。瞬間「安いよね」と感じる348円。昨日近くのスーパー(マーケット)では、同じメーカーの同じ商品が408円だった。それが妙に心の中にあって、例えば圧迫されたものが解放されたときの感じがして、ついつい「買い」と決断してしまう。レジへ向う。それをデイパックに収める。そして生協に向う。

パスタ500グラムが入ったデイパックを背負った自称玄人のおぢさんは生協に入る。目的はそのなんとかシュガー50本入り。落札価格は298円以下。おぢさんは、そのスーパー(マーケット)と生協を20分ほどかけてやって来た。玄人という自負がそうさせるのだ。

それでも生協にはそのなんとかシュガーが置いてなかったのだ。そのことはたいしておぢさんには問題ないことだった。そのことを知らなかったことが問題だったのだ。これまた玄人という自負がそうさせるのだ。

そしておぢさんが向ったのは、あれほど嫌悪していたトップバリュー。岡田の店だ。おぢさんは知っているのだ。そのトップバリューでは常時、一年中、もうなにがなんでもそのなんとかシュガーが298円だということを。もちろん嵐の日も雪の日もね。

その差30円、その30円の差を自己解決するためにかけた時間は60分。それが玄人というものだと、おぢさんはこれまた納得するのだけれど、普通はそんなことするのなら30円高くても、と考えるのが「おぢさん的思考」だと思うのだけれど…。

久しぶりのトップバリューは、懐かしい感じがした。あの日のこと、それは春の海で過した少年時代の想い出だったりするのだけれど、そんな日々が目の前にあっては、やはりおぢさんは旅人となって、野をかけ山を登り…。

夢は荒野をかけめぐる……。

即席みそラーメン(5食入り)も198円と激安なのだよ。他にオリジナルブランドはやはり「生活応援宣言」発令中で、もうそれは厳戒令の夜のアディス・アベバのブンナベット(喫茶店ですね)で、若いお姉ちゃんを口説く時の感じで…。あるいはタイ、バンコックで久しぶりにミニスカートのお姉さんを見た時の感じで…。

ついつい買ってしまったのだよ。(って、ついついそんな買ったりしてはいませんけれど)

おぢさんのデイパックの中にある、ずっと背負い続けてきた「安いはずのパスタ」も、298円で売られている。それがトップバリューマジックなのだよ。恐らく原価割れしているだろうと思われるのだけれど、そんなことおかまいなしの「生活応援価格」なのだよ。

そうなると、もう解放された心身は、あれもこれも……。

やっぱりね、イオンは安いのだよ。というか、おぢさんの主義、主張、信念、思想、哲学、イデオロギーなんてのも安っぽいものかもしれないと、実は悩んでいたりしているのだけれど。

ごめんごめん「イオン復縁宣言」なのだ。
ふん、なにか文句でもあっかよ〜。
岡田も岡田だけれど、オレもオレだ。

bodumのコーヒープレスとか


最近は、これでコーヒーを淹れて飲んでる。
コーヒー豆、お湯、4分待って、プレスして、カップへ、なんてとても簡単だし、4分が5分になるときもあるのだけれど、それはそれの味で、フィルターよりは失敗がすくないし、なによりも面倒臭くなくて良いかな。

豆の味も、このほうがストレートに出るのだろうし、あのエチオピアで飲んだ味に近いしね。だから朝は目覚めるとお湯を沸かす、というのが日課になっていて、ま、そのために水汲みにも行ってるってことなんだけれど…。

で、4月11日のいちにち、えっと。
06:30 起床 疲れていても朝が早い。コーヒー飲んでゴロゴロ
08:00 洗濯、掃除。ついでにゴミ出し。
09:30 買物、生協で卵が安い日だったので。てか、だいたいのスーパーは売り出しだね。
10:00 100均にも寄る。
10:30 帰宅 昼食会があるので準備(ウドのきんぴら、イカ・キュウリ・ブロッコリーの酢味噌ウドの醤油漬け添え、サトイモの煮付け、肉じゃが、お粥梅昆布茶味)
13:30 食事
16:00 食事会終了後サイクリング、ホームセンターとか
18:00 水汲み後帰宅 赤霧島が1100円で売ってたので買う
19:00 食事 (お昼の残りとヨーグルト)
20:00 ゴロゴロ ネットとかメールとか
22:00 ブログ 
23:00 書いたのだけれど、消えた。これはかなりショックだった。
24:00 寝た。

4月12日のいちにち。
06:30 起床、朝は早いね。コーヒー飲んでテレビとか。
09:00 ブログとか
10:00 ブランチ(昨日の肉じゃが、味噌汁、ご飯)
14:00 サイクリング 100均とか(またかよ)
17:30 帰宅 アンパンに紅茶のおやつ
19:00 食事準備(野菜炒めカレースープ、納豆、ヨーグルト)野菜炒めの中にカレーを入れただけのことなんだけれど、ま、水分が出たのでスープになったってこと、んで、ご飯を入れて食べた。
20:00 スウェードのクリーナーとかトリートメントなんかを探す、ネットでだけれど。
21:00 テレビとかメールとかネットとか
22:30 風呂
23:00 ブログとか、で、もう寝ます。
24:30 たぶん就寝。朝早いからね。

ワタミに行く行かないって話になるよね
そういえば福山で飲んだときも、その前Sさんなんかと飲んだときも、「取りあえず“和民”に行く」なんてボクは言うのだけれど、maskalさんもSさんも「え?それは…」なんて柔らかく否定したのだけれど、きっとみんなあの社長が嫌いだったりするのかもしれないね。

地方に行って/来て、わざわざ全国チェーンの店で「ホッケ」なんてのを食べることに対しての「え?」なのかもしれないと考えているのだけれど。それはそうだと、思う。ファミレス、ジョイフルで飲むのは好きなんだけれど、この場合は、「取りあえず酔えばいいか」なんてことだし、味や接客を求めているわけでもないし、ま、取りあえずコンビニでつまみ買ってなんていうのよりはいいか、ってぐらいなもんだし…。それにジョイフルとか安いしね。

そのワタミの社長、
こんな会社に入ったらたいへんだ - 吐息の日々〜労働日誌〜

まったく、なにもわかってない。奥谷禮子さんにしてもそうだけど、こういうバカが露出するから困る。こういうバカが露出するもんだから、世の中の企業経営者が全員こういうもんだという誤解が蔓延する。大多数の経営者、働き方や労働条件を改善して従業員の意欲を高め、人材育成を進めようとしている経営者たちにとってはまことに迷惑な話ではなかろうかと思います。


…ニートやフリーターが増加し、正社員の椅子が得られないことが問題視されているが、それは彼らが人を必要としていないところにアプローチしているからではないだろうか。この国に働くところはたくさんある。要するに需給の問題で、労働集約性の高い業界ではいくらでも人を必要としている。
「週刊ダイヤモンド」第4219号(2008年3月8日号)

また引きで悪いのだけれど、この週間ダイヤモンドの記事についてのことなんだけれど、そんなことは全くないというのは、トヨタなんかを考えればすぐに分かることで、期間工で働いたことがある人なら、その「いくらでも人を必要としている」というのはボクたちのアプローチの仕方ではなくて、企業側が利益を優先しようとするところに問題があるってのは、今時小学生でも知っていることなのにね。

期間従業員に限って言わせてもらえば、どこもかなり人を必要としているということ、それを企業の利益だけで有期雇用にしているということ、そしてその期間になんらキャリアアップとなるような訓練もしてくれない、それどころか、正社員は短期間に多くの工程を習得できるのに、期間工は同一工程を1年、長い人なんて2年もさせられる。

『今の若い人たちには「キツイ仕事はやりたくない」という論理が通用してしまう。』ではなくて、ほとんどの期間工がその満了までに間にかなりの痛みに耐えているということ。そして、その痛みの行方が、実はフリーターやニートになるという例もあるということを、誰も考えようとしていないのではないかと、ボクは、これを読んで思ったのです。

経営側は常に努力していて「悪いのはお前らだ」なんてことで片付けるのが一番簡単な方法なのでしょうが…。

受給の問題を言ってしまえば、んじゃみんな愛知に来れば問題は解決するのか、なんてことにもなるしね。そうなりつつあるのも事実なんだけれど、地方格差ってことも、また問題だということなんだけれどね。

「この国に働くところはたくさんある」って言うんなら「この国には居酒屋はたくさんある」から、別にワタミに行かなくてもね。そういうことなんだけれど…。






葉桜の頃
サクラの公園は、打ち捨てられ表紙がめくれ上がった雑誌のようで、葉桜はたっぷりと水分を吸ってしまっていては、少し薄汚くも、みえる。誰も見向きはしない。それは幻想のようなもので、あの冬枯れた風景も、そして今の新緑もさほどたいした差はなくて、それは両極にあるのもではなくて、あの満開の日々だけが、ある意味実体のあるものとしてそこに存在しているように、思った。

そのサクラの公園は、墓地の中にあって、まだ新しい卒塔婆の上に散りゆく花びらが、みょうに艶かしく見えたりもした。サクラが散ったとしても、ボクは毎日そこに行っては、辛抱強く残ったサクラが地面に落ちるまでを見ていたりしているのだけれど、それがボクの日常、というか、1日だとしたら、やっぱり生と死なんてのは、かなり隣接した位置にあっては、その境界線は、サクラの届く位置ほどにしかないのだろうと、思っていた。

もう一週間が過ぎた。あの福知山の夜から。
初めての街は、どこに行ったとしても、少し空気が重く感じられる。あの日も浜坂からは夜行列車の旅になったので、そのことが一層空気を、そしてなにもかもを重くさせたのだろうと思う。

あの陸橋の街も、そして城之崎も、ただ通り過ぎただけで、その重い感じと、雨で湿った感じと、そして街灯の明かりだけが、記憶に点在する。思い出していると、やっぱり街灯の流れてゆく風景と、ガード下の冷たい地面の感触が、記憶装置のかなりの量を占めていて、津山城の満開のサクラの、あの華やいだ感じさえも、覆い隠そうとする。

少しずつ少しずつ季節がゆくのだけれど、ここに留まっていては、ただ眺めているボクは、そのサクラの公園にあっても、そしてこの夜の中にあっても、そんな過ぎ去った時間のことだけを思い出しては、悲しみばかりを増やしては、明日のことなんかは考えられないでいるんだよ。



4月16日のいちにち
07:30 起床、コーヒー
08:00 電話とかテレビとか
09:00 洗濯、風呂(前日お腹が痛くてそのまま寝たからね)
09:30 洗濯干したり、水やりしたり
10:00 ブランチ(焼きそば、おから、キャベツ、チンゲン菜、卵、もやし入り)
10:30 散歩、買物(何も買わず)
12:30 帰宅
13:00 電話とかネットとか、少し寝た
14:00 買物(ピーマン、おから、ガスボンベ)、水汲み
16:30 帰宅、夕食準備(レトルトカレー、もやし、チンゲン菜、大根、鯵入り味噌汁)
17:30 少し寝た
18:30 夏みかん、ヨーグルトを食べた
19:00 ニュースとかテレビとか、ゴロゴロ
20:30 また少し寝た
21:30 ネットとかメールとかテレビとか
25:00 今。もう寝ます。










やっぱりイケメンはいろいろ得するよね
でもやっぱり顔で差別しちゃうよ。

イケメンとブサイクが同じことしたら評価が違うって怒ってる人いるけどさー。
そんな当たり前のことに怒ってどうすんの!?
そりゃ顔が綺麗な人の方が高評価に決まってるじゃん。
美形のオトコノコに長い睫毛と濡れた瞳で見つめられたら
何言われても好感度MAXで「うん!」って言うに決まってるじゃん。
「Hさせて」でも「するするー♪」って思っちゃうよ。ブサイクだったら「キモッ!」だけど。
でも、そんでそれは人間の本能なわけでしょ?
どうしようもないじゃん!
「顔で差別するな!」って人はどうしたら良いと思ってるの。

イケメンとかブサイクとかじゃなくて、怖い顔付きの人とか愛想がない顔の人とかは、やっぱり損をすると思う。悪役商会の俳優さんたちのように、その顔を売り物にしている人たちもいるのだけれど、一般的にはやっぱり優しい顔のほうがウケは良いかもしれないね。

「違う」って言うのなら、んじゃ、ま、俳優を考えてみれば、そして胸に手を当ててみれば、やっぱり「男は顔かもねえ」なんて思うだろうしね。

怒っているわけじゃないのに、怒っているような顔の人とか、睨んでいるわけじゃないのに、睨んだような目つきの人とか、笑顔が苦手な人とか、癖で舌打ちする人とか、いろいろな人がいるのだけれど、そんな外見上のことでボクたちって相手をかなり判断しているところがあるよね。

ボクもボク自身に自信がないので、うつむき加減に話すしその癖が治らない。ま、人と話す時は目を見て、なんてことに対しても「恋人でもない人も目をじっと見つめて話せるほうがおかしいじゃん」と思ってたし、今も思ってるから、その癖については気にならないんだけれど。(相手は気になるかもしれないけれど、そんなこと知ったことじゃないし)

それに声がセクシーなのと、滑舌が悪いのも、ちょっとコンプレックスだったり。だから、自信たっぷりの人が嫌いだったりするのだけれど…。

ま、極端に怖い顔とか無愛想な顔じゃない限り、それほど差別はされないと思うのだけれど、そういう傾向にあると思ってる。面接とか短い時間で判断されるときなんてのは、やっぱり最後は顔になったり(イケてるとかイケてないとかではなくて、面接官の好みとかも)するのかもしれないし…。



で、「桜の花茶」はゼリーになったとさ…。
桃ゼリー桜入り、ってのも、ちょっとピンクでエロいかも、ってことで作ってみました。
失業ブルー ストレスフルな1日
いつものように、用もないのに早起き。雨が残っていて、すっきりとしない朝だった。今日は午後からハローワークに個人面談の予定を入れていたので、少しだけ慌しい感じの朝、10時には卵買いに(ちょうど卵が切れていたので)、ちょうど晴れ間も見えていたので、自転車に乗って近くのスーパーまで…。

家を出て数分もすると、雨。かまわずペダルを踏んでスーパーまで。少し激しく降り始めたのだけれど、それでもスーパーまで直行した。卵とエノキが3袋100円だったので、それを買って、そして蜜リンゴ、これはリンゴゼリーに入れる予定、それと納豆。

買物も終わって外に出ると、雨は少し激しく降っていたのだけれど、かまわず帰宅。もう上から下まで濡れ濡れになって、なんで卵のためにここまで濡れにゃきゃならないのかと思ったり、忙しい毎日を送ってるわけではないのに、わざわざ雨が降ってる時間に出かけなくてもと思ったり、30円とか40円高くても、歩いて行ける距離にある食料品店で買えばいいじゃないかと思ったり、1日ぐらい食べなくてもと思ったり、卵ひとつで思うことは多くて、そのうちにボクの性格じたいを呪うようになったり。

帰宅後、取りあえず買って来た卵を入れた焼きそばを作った。今週は焼きそが多かったね。3食98円のを2袋買ったので、6食、1日2食なので半分は焼きそばだったのだけれど、これも別に2袋も買わなくても、なんて今さらながら後悔したり…。

仕事もしていないのだけれど、ストレスフルな1日、そんな日々の多いこと。隣のおばさんが2時間も電話で話し続けていることも、原因のひとつだったり。そうなると、ソフトバンクのホワイトプランなんて無料通話があるから、世の中いたるところで「ブツブツ」言うやつが多くなるんだ、なんの用があって長時間電話するのか、なんて思ったりもして。

出会い系とかの事件もそんな昨今の形態事情だからじゃないのか、なんて思ったりもして、最近の若い子は、見ず知らずの人と会うことに何のためらいもないのかなあ、なんて思ったり。だいたいその出会い系ってのはどんなんだ。どういうシステムなのか知らないのも、イライラの原因だったり。

ハローワークでは、少しどういうことをしたいとか、これまでのこととかを話した。パソコンで検索すると仕事はあるのだけれど、製造業だったりして、それも派遣だったりすると、それならトヨタのほうがねえ、なんて思ったりしたのだけれど、まだそれほど慌ててない自分がいて、来週の認定日が第一回目だしなあ、なんて思ったりした。

何もない1日なのだけれど、つまらないことでいろいろ考えたり悩んだりしている。1人の時間のほうが多くて、そう言えば今日はまだ言葉を喋ってないなあ。ひとり言は「雨かあ」とか「うるさいなあ」とか「アホか」とか「どうだって良いんだよ」とか、やっぱり少しネガティブワードを、ボソボソと。

少し前にまみたんに話したのだけれど、人と出会うということ、その面倒くささみたいなことや、別れということだったのだけれど、寮にもそして街にも人は溢れているのだけれど、ボクのことや、そしてあなたのことを、ほんとうに分かってくれる人がどれほどいるのかとなると、あるいは、認めてくれる人が、許してくれる人が、尊敬してくれる人が、要するに友情とか愛情とかで理解し合えるひとがいるかどうかは、かなり微妙になってくるのだろうと、思っている。

出会うのか簡単なんだけれど、別れるのは、もっと簡単だったり、そして別れるほうがかなり精神的にダメージを負うということを、知っているから、その出会いを避けているのかもしれないと、それも本能なのかなあ、なんて思っているのだけれど…。

だから、やっぱり雨の日は家にいて、じっと雨音を聞いているほうが、良かったのかもしれないね。きっと、きっと。



「だったらたはら」かあ。

で、4月18日のいちにち
07:00 起床 コーヒー、ゴロゴロ
08:00 ネットとかブログとかメールとか
10:30 買物
11:30 帰宅、食事準備(エノキ、キャベツ、タマネギ、オカラ入り焼きそば)
12:30 食事
13:00 シャワーとか
14:00 ハロワ
15:00 帰宅 お茶
15:30 ネットとか
17:30 夕食準備(カボチャの煮物、納豆、冷奴)
18:00 夕食 ゴロゴロ
19:30 水汲み、サイクリング
21:00 帰宅 テレビとか
23:00 ネットとか
24:00 今 そろそろ寝るかも
格差を感じる瞬間
自転車で横断歩道を渡っているときに、おばさんの運転するレクサスにぶつけれれそうになって、クラクションを鳴らされた時…。

引越し風景、近くの結構広い2DKのマンションに、大型トラック満載の荷物を持って単身赴任してきた同じぐらいの歳のヤツを見た時。

100均で、買うか買わないか1時間ほど迷う時…。

ハロワ職員の笑顔…。

格差を感じる時っていうよりも、卑屈になった時ってことか…。



で、ま、4月19日のいちにち
05:50 起床、早っ
06:30 また寝た
09:00 起床、コーヒー飲んで
09:30 布団干した
10:00 シーツ洗濯とか
11:00 ブランチ用意(うどん、ご飯)
12:00 テレビ「篤姫」とか
14:00 散歩 買物(コーヒー、おから)
16:30 電話とか
17:30 夕食準備 (野菜炒め{キャベツ、タマネギ、チンゲン菜、豚肉、ピーマン、卵、オカラ}ご飯)
18:00 食事 
19:00 電話とかネット、メールなんて
23:00 コンビニ(カルビーのポテトチップスの新商品)
23:30 シャワー
24:00 ビール飲んだ
26:00 寝た

ABCクッキングスタジオに行こう
女人高野とは奈良にある室生寺のことで、高野山が厳しく女性の入山を禁止したのに対して室生寺は許されていたことから、そう呼ばれるようになったそうです。女性に対しての禁忌は一昔前まではかなりの数あったのですが、そしてそれは職業にも及んでいたのですが(今でもありますが)、男女雇用均等法とかジェンダーフリー、フェミニズムなんてことが言われるようになってからは、徐々に緩やかになっていったように感じます。

ABCクッキングスタジオは良いですね。クッキングスタジオというか料理教室なんですけれど、その教室のカラーリングがとてもナイスですし、ガラス越しに教室の様子が外から見えるのも、ベリーナイスですよね。

オレンジのエプロン、白いTシャツ、そんで襟元には青いロゴで「ABC」なんて…。あ、いえ、そういうことが良いのじゃなくて、外から見えるということや、そしてチケット制とか、コースを選べることとか。たぶん、お昼前とかに行って、作って食べて帰る、なんて感じなんでしょうね。

外から見てると、作り終わると美味しそうに食べてますしね。きっとオープンキッチンになっているのは「見られる」ということでの効果があるのでしょうね。人は見られることによって、思わぬ力を発揮しますしね。それに、料理の世界って、厳しい感じがして「洗い方、焼き方、煮方」なんて序列が厳しくて、もう何が何でも花板の言う事は絶対で、怒鳴られたり殴られたり…。職人の世界ってイメージがしますし…。

ガラス張りの教室は、そういうことがないんだよ、ってことで、そしてピンクやオレンジ、IHヒーターやT-Fal、鳴海の食器なんて、もう若いお姉さんじゃなくても、中年のおぢさんもそそられるんだけれど…。

そんなおぢさんが、ひとり、「へ〜」なんて言いながら、ガラス越しに見ていたのだよ。「生春巻き、そうじゃないだろう、もっとチャッチャと巻かなきゃ〜」とか、「つくねのタレはそんな小ぶりの軽量スプーンでかけないで、鍋ごといけよ〜」なんて考えながら、ニヤニヤしながら…。

きっと、きっと、生徒のお姉さんや講師の方たちは「へんなオヤヂが見てるよ〜、やだなあ〜」なんて思ってたに違いない…。もしかしたら「変態かも?」なんて思ってた娘さんもいたりするのかもしれない…。責任者は110番に通報する準備をしていたかもしれない…。

料理なんてこととはほど遠い感じのオヤヂがそこに立っていて、角度を変えながら、そして見る位置を変えながら、頷いているのだから、それはきっと普通じゃないかもしれない…。きっと、きっと。

でも、おぢさんは、とっても純粋な気持ちで、料理教室を見学していたのだよ。そんで「入学したい」と強く思ったのだよ。「来月の、ピッツア・マルゲリータ 〜手作りトマトソース〜を作りたいなあ」とか「あの色のスープカップは鳴海じゃないよ〜、あれはルクだね」なんて、なんて…。

でもね、そのガラスは防弾ガラスよりも硬くて、そして38度線のフェンスよりも(一昔前だったらベルリンの壁って書くのだろうね)高いのだよ。そして、きっと、講師のお姉さんたちは空手や合気道の有段者で、へんなおやぢが闖入してきらた「どりゃ〜」なんてことになるかもしれないと…。

噂では、年に1回男が入れる日があるそうなんだけれど、法隆寺の上御堂でさえ年に3日間公開されるのに…。女の聖地、それがABCクッキングスタジオなのかもしれない。男人ABCがきっと創建されて(創建でもないけれど)、きっと室生寺のように男でもあのガラス張りのスタジオで料理を作る日がきっと訪れるのだろうと、思っているのだけれど。

#てか、おぢさんが見ていても、それは変質者じゃないからね。うんうん。



おぢさんはきんぴらごぼうも、ゴボウ1本から作れるんだよ。
真夜中サイクリング
橋を渡ってしまえば、きっと、ボクの悲しみも、少しは、癒されるだろう、なんて、考えていた。昔住んでいた街は、ここからも、見えてはいるのだけれど、それは、手が届くほどに、遠かった。トップギアに入れて、わざと、負荷をかけたペダルを、ただ踏み込むことだけの時間。それは、「やり過ごす」と言った感じの、時間との対峙だったのだけれど、きっと、そうでもしなければ、その、時間たちは、目の前にあっては、ボクの身体にまとわりついては、澱んでいく、のだった。そして、腐敗し汚泥となった時間に行方を阻まれたボクは、もう前にも後ろにも、動けないで、その少し固形化したものに呑み込まれて、道路を(それも真夜中の)ズルズルと、転がる、というよりもかなりの残滓を残しながら引きずられる感じの、いつもの夜の中で、もだえていたのだろう。

橋まで来ると、やはり渡ることをためらっていた。臆病であるということも分かっているのだけれれど、それよりも、また始まるだろう後悔が、その先に待ち受けているようだったし、少しだけ、見え隠れもしていた、というのが理由だった。そこ(あるいは、ここ)まで来てしまってはいるのだけれど、そこ(あるいは、ここ)から橋を渡るという行為は、その分かりきった未来とボクとのいつもの夜を交換する(それも一時的に)カウンターのようにも感じられて、そのためにボクはいくらかの準備をしなければならなくて、そのことが億劫だということも原因ではあったのだけれど。後悔なんてものは、おおよそ(多分6割とか7割の確立で)事前に分かっているものだと思う。残りの可能性というか、ほとんどの場合はその残りの部分でさえ曖昧にしてしまうし、それが出来るのが人の想像力なのだろう。何かと何かを交換する、そのことによってボクたちは「ここ」にいるのだから。

ボクは、そこで引き返す。橋を渡らずに、また、ここへ戻ってしまっている。そうして、少しだけ乾いた身体なのだけれど、やっぱりいつもの夜の中にあっては、その後悔ということを、記号化するようなことをしては、あるいは、その後悔こそがボクの快楽と交換された実体なのかもしれないのだけれど、とにかく橋を渡らずに戻ってきたことに対しての悲しみみたいなものを、考えている。

よくは分からないのだけれど…。



で、4月26日のいちにち
06:30 起床、コーヒーとかテレビを見ながらゴロゴロ
08:00 テレビで長野とかのニュース
11:00 ブランチ(カップ麺、ご飯)
13:00 「篤姫」再放送
14:00 ネットとかメールとかブログとか
16:00 風呂とか
18:00 夕食準備(焼きそば、ご飯)
19:00 夕食後ゴロゴロ
22:00 サイクリング
24:30 帰宅 ビール飲んで電話とか
26:00 就寝
06:30 起床(って、あまり寝てないね)




美しい月とか悲しい夜とか
少し、なぜだか、豊田市にいた頃のことを考えていた。

愛知環状線鉄道や名鉄豊田市駅、松坂屋、豊田スタジアムや橋、なんて立体的超近代的な建造物とその周辺、上と下、光と影…。虚栄の街、と言ったらいいのか、春霞のツツジの微妙な色合いが、似合うような街、理由はないのだけれど、そんな風景を考えていた。
最初の休日は豊田市内まで買い物に行った。あの日のことをかなり鮮明に憶えていて、空の感じとか、街の乾いた空気とか、そしてやはりうつむき加減のボクのことなんかも、たまに思い出すときがあるんだ。好きになれなかった街だったし、今でもその気持ちは変わっていなくて、あの起伏のない風景がいっそう温もりを奪っていて、「砂漠」を感じさせるんだ。

2004年の春、もうあれから4年もたってしまった。
トヨタ期間従業員に行こう | ひとりぼっちのゴールデンウィーク

連休中の寮は悲しさや寂しさで溢れているようだった。ボクは違うといっても、他人から見たら、やはり寂しそうな感じだったのだろうか、なんて考えているんだ。

失業、引越し、期間工、そしてゴールデンウィークまでの2ヶ月間がとてつもなく長く感じたのも確かなのだけれど、あの頃のボクたちにはまだ明日という夢みたいなものがあって、それは就職についてもそうなんだけれど、期間従業員として半年働いて、失業保険を受給する間に就職できるだろう、なんて思っていた頃だったので、まだ確かに“甘い”未来はあったのだけれど。

ボクにとっての失業ってのいうのは、何も悲しいものでもなくて、やっと自分らしく生きることが出来るかなあ、なんて少しだけ楽しいものでもあったし、明日というのがハッキリと見えていた頃だったんだ。そしてなによりも、そこまでを短時間にこなしてきた自分への自信が、まだまだ残っていた頃だったように思う。

だから、独りぼっちだったとしても、そんなに悲しくも寂しくもないひとりのゴールデンウィークだったんだ。パソコンもカメラも持っていってなかったのだけれど、ボクには今よりももっとハッキリと明日を見ることが出来たし、見えている方向へと時間を過せばいいだけのような、そんな簡単な毎日だったように思う。まだトヨタに来てひと月も過ぎていなかったということもあったのだろうけれど。

4年前のボクは、今と同じ失業という状況にあっても、まだ少し元気があって、たぶんそれは年齢的なものもあったのだろうけれど、「明日」が見えていたように思う。

「明日が見える」ということは、例え貯蓄(お金とか経験とか)が0だとしても、それは今日という時間とはかなりの部分無関係であるということだったように思っていた。今日という日をたとえ無為に過したとして、それはどちらかというとプラス方向に作用するものだという根拠なき確信、が、あった。今は、年齢と共に目減りする体力と同じで、全てがマイナス側に向おうとするように思うし、そういった不安がさらに焦燥感を増加させているように感じている。

豊田市にいた頃は、確かに幸せではなかったかもしれないけれど、幸せになれるかもしれないと思う気持ちは今よりも、もう少しあって、そのことが、ボクを支えてくれていたように思う。

コーヒープレスを床に落として、少しだけ蓋のところが壊れてしまった。接着剤でくっつけた。そしてコーヒーを飲んだ。明日になればまたひとつ歳をとってしまって、今日あるうちのものの中から少しだけ何かを失っているのだろうと思っている。そして身軽になるどころか、逆に身動きが出来なくなっていることが悲しいんだよ。



あ、すみません、コメントの返事は、も少し後に書きますから…。
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